コラム

 公開日: 2016-07-13 

言葉にならないもの ─宮澤賢治の「修羅」に想う─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 宮澤賢治の作品に『春と修羅(シュラ)』がある。
 その一部である。

「まことのことばはうしなはれ
 雲はちぎれてそらをとぶ
 ああかがやきの四月の底を
 はぎしり燃えてゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ」

 春が来れば、農村は動き出す。
 心も外へ向かう。
 外にある対象と自分をつなぐものは感性であり、言葉。
 感性の激しい動きが言葉を見つけられなければ、悶えるしかない。
 修羅とは悶える者ではないか?

「草地の黄金をすぎてくるもの
 ことなくひとのかたちのもの
 けらをまとひおれを見るその農夫
 ほんたうにおれが見えるのか
 まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
 ZYPRESSEN しづかにゆすれ
 鳥はまた青ぞらを截(キ)る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)」

 「けら」は農夫がまとう蓑(ミノ)、ZYPRESSEN(ツィプレッセン)はドイツ語で糸杉。
 何もかもが哀しみをもよおさせる愛しい存在なのに、感性と言葉がつながる表現を見出せない。
 草地、農夫、糸杉、鳥、それらは見えている。
 しかし、目に見えないものの暴発を抱えた賢治はどうすることもできない。

 仏法は、私たちが生まれ変わり、死に変わりして経巡る世界を六道(ロクドウ)と説く。
 出口のない地獄。
 生きものなのに生きるすべを封じられた餓鬼。
 咬み合う畜生。
 この三つを三悪道(サンアクドウ)と言う。

 それに対して、三善道(サンゼンドウ)がある。
 争う修羅。
 迷う人間。
 楽なのに必ず楽から堕ちねばならない天。

 古い経典にはこの修羅がなかったりする。
 修羅は畜生と人間の中間なのだ。
 賢治は、迷い、どうにもならない自分を咬む修羅だった。
 彼なりの〈表現〉をつかむまで。

 最晩年の作品に『セロ弾きのゴーシュ』がある。
 チェロをうまく弾けずに悩んでいるゴーシュのところへ一羽のカッコウがやってきて、「音楽を教わりたいのです」「ドレミファを正確にやりたいんです」と頼む。
 ゴーシュは、「音楽だと。おまえの歌は、かっこう、かっこうというだけじゃあないか」と取り合わないが、熱心さに負けて、いろいろ弾いてやるとカッコウは喜び、もっともっと、とせがむ。
 とうとう、つき合いきれずに追い出そうとすると、カッコウは恨めしそうに言う。 

「なぜやめたんですか。ぼくらならどんな意気地ないやつでものどから血が出るまでは叫ぶんですよ。」

 カッコウは飛び去った。
 演奏会に成功したゴーシュは、夜遅く家に帰り、つぶやく。

「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。」

 この「かっこう」は、表現者の宿命を体現している。
 賢治はあれだけの作品を創ってすら、最後まで「かっこう」だった。
 目に見えず、言葉そのものではない何か、確かに在るが、これですと〈示せない〉何か。
 その存在を感得した者は、頭を垂れ、謙虚になる。
 仏も神も、うっすらと姿を顕し始める地点だ。
 人生の最後に、同じ苦しみを逃れられないカッコウへ謝った賢治には、涙が出る。



 それにしても、広島の平和資料館で出会った被曝人形は忘れられない。
 言葉にできず、言葉で〈示せない〉何かがある。
 ただ、魂でその存在を確認するのみ。
 その存在は、心から何かを流れ出させてやまない泉だ。
 希有な表現に満ちたものを、この世から消し去るわけにはゆかない、と思う。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA

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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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