コラム

 公開日: 2016-08-17 

小説『帰郷』に優しさを考える

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 短編小説を題材に、優しさについて考えてみましょう。

1 小説『帰郷』

 浅田次郎氏の小説『帰郷』は、太平洋戦争から復員した兵士と娼婦との出会いを描いている。
 南方の島テニアンで全員玉砕したと伝えられた者に、帰る先はなくなってしまった。
 しかし、古越庄一二等兵は、戦死公報に基づいて葬式が済み、墓石まで建てられたことを知らず、故郷松本の駅に降り立った。

「ただひたすら、女房子供に会いたかった。
 その気持ちが何よりもまさって、まっしぐらに帰ってきただけだった。」

 駅で出会った親族から、亡くなった父親の意思で妻が弟と再婚し、新しい子供までできているので、このまま消えてくれと頼まれる。

「今日のことは夢だと思って下さい」

 こう言って東京へ出たものの、心は耐えきれぬ思いに閉ざされていた。

「知った人間に話せば相手の耳が腐る。
 知らぬ人間に話せばこっちの口が腐る。
 だが、話さずにいれば胸が腐っちまう。
 そうして少しずつ胸を腐らせながら、何日も闇市をうろついていた。」

 庄一は、しゃがみ込んでタバコを吸っている女が心配で、声をかけた。

「どこか具合でも悪いか」

 女は綾子という娼婦だった。
 矜恃(キョウジ)がある彼女もまた、身を売って生きる女になった以上、故郷信州へは戻れなかった。

「いちど死んだ人間が甦るくらい無理な話なのだ。」

 綾子から誘われた庄一は、話を聴いてもらいたいと頼み、二人で宿へ入る。
 綾子は、最近起こった復員兵と街娼の心中事件が頭から離れないでいる。

 綾子は、帰る場所を失った物語を聴き、一緒に死んでもいいと一瞬、思う。
 男は訊ねる。

「このさき生きてゆくのには、何か不都合があるか」

 綾子は、死んで泣く人はいないか、と確認されたような気持になる。
 しかし、男は予想もしない言葉と共に綾子を抱きしめる。

「俺と一緒に、生きてくれないか」

 綾子は、「たがいの心の奥深くに、帰るべきふるさとがある」と確信する。
 その「ふるさと」は、安心して死ねる先であり、同時に、明日からの生を支える土台でもあるのだろう。

2 優しさの円満成就

 優しさは、信じ、認め、教え、与え、守るところに完成する。
 ここで言う「信じる」とは、闇雲に相手の言葉を鵜呑みにすることではない。
 たとえ相手が嘘つきでも、〈嘘をつかないではいられない人間〉としてその存在をつかみきることである。
 その存在をないがしろにしないことである。
 それは、〈丸ごと〉という意味で、ただちに、認めることにつながる。
 古来、「出来の悪い子供ほどかわいい」と言われてきた。
 親心は常に、子供を丸ごと信じ、認めるのだ。
 ないがしろにできない相手が必要としているなら、教えないではいられないし、与えないでもいられない。
 そして、守らずにはいられなくなって初めて、優しさは行き着くところに至る。

 庄一には、綾子の存在が、その「通り名」のようにマリア様と思えた。
 庄一はマリアさん、と呼び、神様とも言った。
 信じ、認めている。
 それは綾子に通じている。

「米兵はみんなやさしいけれど、やっぱり日本の兵隊は心からやさしい」

 身の上話をした庄一は、帰るべき故郷がないのは綾子だけではないと教えた。
 そして、心中へ「帰るべきふるさ」を生じさせた。
 最後に、守る決心がやってきた。

 綾子にとってはどうか?
 話を聴き、やさしさに打たれ、誘われれば心中する寸前まで行った。
 庄一を信じ、認めている。
 宿へ入る前にもう、とにかく話を聴いてやることにしたいた。

「お金は、いらない」

 綾子は、ここにも行き場のない女がいることを教えた。
 まっさらになり、抱きしめられた「マリア」は、庄一の守護神となった。

 8月15日、敗戦の日に、戦後の一場面を想像しました。
 小生が学生の頃、仙台駅前付近にはたくさんの傷痍軍人さんたちがいました。
 松葉杖、アコーディオン、ハーモニカ、そして地べたの飯盒(ハンゴウ)。
 浅田次郎氏の小説『金鵄(キンシ)のもとに』では、こうなっています。

「傷痍軍人は物乞いではないのだから、感謝の言葉を口に出してはならない」

 胸に沁みてくる一節です。

 学生の頃、街娼が出没する地域が残っていて、仲間と飲んだ帰りに声をかけてきた女性があまりにも哀れで、身の上話を聴こうとしたことがあります。
 闇に溶け込むような目立たぬ色のワンピース、ギシギシときしむ階段、鍵もかからない一部屋に敷かれていた煎餅布団、そして着物の上からそれとわかる子供のように薄い胸。
 女性はほぼ無口で横たわり、語りたくないことごとを語らせようとした自分の心が恥ずかしく、お礼を押しつけて早々に白みかけた駅裏へ出ました。
 とぼとぼと歩き、どうやって帰宅したかは覚えていません。
 あの当時、流行った菊池章子が唄う『星の流れに』は、今でも覚えています。

 〈戦後〉は確かにあったのです。
 そこでも優しさを失わずに生きた人々の末裔として、今の私たちがいます。 

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA

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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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