コラム

 公開日: 2016-08-29 

「本当によかった」ことは何でしょうか? ─つかむ、手放す─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 私たちは、自分の人生をふり返り、何が「本当によかった」と思えるでしょう。
 有名校への進学?
 事業の成功?
 得た名声?

 この問いかけについて、末期患者や臨死体験者などと触れ合ってきた京都大学総合人間学部教授カール・ベッカー博士は言います。

「お金と言う人は皆無です。
 肩書と言う人もめったにいません。」(以下『日本人の死生観』より)

「例えばもう忘れていたけれど、十歳ぐらいのとき、小鳥が縁側のガラスにぶつかって羽を折ってしまった。
 それで自分が小鳥を救ってご飯と水を食べさせて、何週間かたってから羽が治ってやっと飛び立てた。
 十歳から七十歳まで忘れていたんだけど、それが誇りに思える行動だと思うとおばあちゃんは語ります。」

 そうしないではいられず、損得などまったく頭に浮かぶこともなく、誰かのために無心で行った行為こそが、一生の締め括りに際し、魂の財産として輝き出すのです。
 死を間近に意識すれば、モノや現象の世界には頼れるものなどありはしません。
 真言や御宝号が頭に浮かんだ人は、安心の中で逝くことができます。
 宗教を持たない人にとっては、小鳥を助けたおばあちゃんのように、良心に従った行為が真の誇りとして心を支えます。
 見返りを求めず良心に従った何らかの行為を、仏教では布施(フセ)と言います。

 人が一生を終える時、「よかった」と思え、満足感や安心感や幸福感をもたらすのは、結局、自分の手につかんだものではありません。
 その反対に、誰かのために何かを手放した記憶が、確かな喜びを与えてくれるのです。
 
 私たちは、「孫たちにも囲まれて幸せに旅立った」と言ったりします。
 それはそう見えるかも知れませんが、お釈迦様はこう説かれました。

「死に迫らるれば、親(シン…家族などの身近な人びと)とても頼むべきなし」

 孫の顔を見るのは嬉しいけれど、嬉しいだけに別れの辛さも大きくなりかねません。
 家族も友人も家も何もかもから切り離され、たった一人であの世へ逝く時、自分に伴う確かなものは、善行(ゼンギョウ)による安心と、悪行(アクギョウ)への後悔や懺悔ではないでしょうか。

 小生は、ふとしたことから、ある友人と気持がすれ違ってしまいました。
 もう、昔の話です。
 ある時、彼を思い出し、無性に和解をしたい、誤解を解きたい、疑問を問いただしたいという気持が強まり、共通の友人へ仲介依頼の電話をせねばと思いつつ数日を過ごしました。
 一週間も経たぬうちに、別の友人から電話が入りました。
 彼が亡くなったというのです。
 会う約束をする時間がとれぬままに抱いていた焦燥感は、死を前にして小生へ何かを告げておきたい彼の焦燥感でもあったに違いなく、気力が一気に失せてしまうような状態になりました。
〝すまなかった……〟
 もはやいいわけは効きません。

 私たちは、いやおうなく、安心の種を蒔き、後悔や懺悔の種も蒔きます。
 最期にはその総体を一心に引き受け、旅立たねばなりません。
 お釈迦様は説かれました。

「今がその時である」

 自己中心でなく、良心の声に従うよきことは、今やるしかありません。
 確かな明日など誰にもないのです。
 しかし、いつか、死がやってくることは確かです。

 私たちは生きものであり、生きるために得なければなりません。
 同時に私たちは霊性を魂の核とし、良心がはたらいて無心に手放せる存在でもあります。
 相手が人であろうと、動物であろうと、植物であろうと、自然であろうと、世間であろうと、社会であろうと、あるいは仏神や御霊であろうと誰に対しても、手放す布施はできます。
 いざその時になって「本当によかった」と思える行動に邁進しておきたいものです。
 同時に、気がかりも消しておきたいものです。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA

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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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