コラム

 公開日: 2016-09-06 

入れ歯を拾って ─見世物になったジャック・ロンドンと村上春樹氏のこと─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 晴れた日、入れ歯を拾った。
 墓地の入り口付近、アスファルト道路の真ん真ん中だ。
 まるで生きているかのような肉色と白く光る歯並びに驚いた。
 さっそく丁寧に持ち帰り、職員たちに見せたところ、〝何てものを……〟というように眉をしかめ、「すぐ、水に入れなきゃ」と言う。
 乾くとダメになってしまうのだそうだ。
 それに数十万円すると聞いて、また、仰天した。
 あとは2人に任せ、作家村上春樹氏のエッセー『ジャック・ロンドンの入れ歯』を思い出した。

 氏と誕生日が同じアメリカの作家にジャック・ロンドンという人がいた。
 過去形で書くのは、彼が名声の絶頂で自殺してしまったからだ。
 彼が日露戦争の従軍記者として朝鮮半島へ出かけた時、単身、宿泊した辺鄙(ヘンピ)な村の役人から頼まれた。
「村のものたち全員が御尊顔を拝したいと申しております。
 もしよろしかったら、広場でみんなにお顔を見せてやっていただけますか」
 彼は、自分の文名がこんな寒村にまで知れ渡っていることに驚きながらも、感激した。

 さて、ぎっしりと聴衆で埋まった広場へでかけた彼に、役人は言った。
「申し訳ありませんがちょっと入れ歯を外して見せていただけますでしょうか」
 それまで入れ歯というものを目にしたことのなかった観客は熱烈な拍手を送った。
 お立ち台に立って、30分もの間、入れ歯を外したり入れたりしながら、彼は心底、こう思ったという。
「人間がどれだけ死力を尽くして何かを追求したところで、その分野で人々に認められるのは稀なことなのだ」

 村上春樹氏はこの一件について思う。

「これを読んで僕は、ロンドンという人は本当に偉いと思った。
 感動さえした。
 もちろん腹も立てずそのまま半時間も入れ歯を出したり入れたりしていた親切さも相当偉いと思う。
 顎の筋肉だってずいぶん疲れたことだろう。
 しかし僕がそれ以上に感心したのは、その教訓の学び方であった。
 もし千人の人間がまったく同じ立場に置かれたとしても、そこからこんな特殊な教訓を引き出せる人は彼の他にまずいないのではないだろうか。」
「しかし考えてみればまあそのとおりだよな、と僕も思う。
 人は何かに向かってたとえ血の滲むような努力をしても、必ずしもそのことで他人に認められるとは限らないのだ。
 それはたしかに人が肝に銘じておいていい事実であるだろう。
 僕はこのエピソードを読んで、ジャック・ロンドンという作家が以前にも増して好きになった。」

 ところで、地震、津波、大雨、大風など、地球温暖化現象による生活環境の激変は凄まじい。
 今は主として、自然の中で暮らしてきた山村、農村、漁村の人々が甚大な被害を蒙っているが、ある限度を超えると、次には、都会の機能が麻痺することだろう。
 もしも、日本三大鍾乳洞の一つである龍泉洞(岩手県)のように、東京都の地下鉄が水没したならば、あるいは環状線が水没したならば、どうなろうか。
 被災地では、アッと言う間に生活の基盤を失い、手の施しようがない人々のもとへ、ボランティアの人々が黙々と足を運び、黙って汗を流す。
 しゃがみこんだ老婆の横で若者が泥を運び出す絶望と希望が交錯する光景には、目まいを感じることさえある。
 無惨であり、神々しい。
 そして、ふと、思う。
〝ボランティアの善男善女は、あれだけ崇高な行為を実践できる魂なりの評価を受け、それにふさわしい生活環境を得ておられるだろうか?〟
〝常々、抗えない無常や不条理に打ちのめされ、声にならない呻きを抱えていればこそ、呻く人々に対して、じっと傍観者になってはいられないのかも知れない〟
 確かに、「どれだけ死力を尽くして何かを追求したところで、その分野で人々に認められるのは稀なこと」なのだろう。
 そうであろうと、ジャック・ロンドンは置かれた立場で誠意を尽くした。
 ボランティアの方々も、場と相手とを問わず誠意を尽くす。
 村上春樹氏はこの誠意を感じたから、「以前にも増して好きになった」のだろう。
 人知れず祈ることくらいしかできなくなった小生もまた、ボランティアの方々があふれさせる誠意には強く励まされる。

 さて、拾った入れ歯です。
 しっかり確保し、職員たちがケアしております。
 お心当たりの方はどうぞ、お早めにお申し出ください。

「おん あらはしゃのう」
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM

 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

1

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ