コラム

 公開日: 2016-10-03 

根というもの ─『こども東北学』を読んで─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。

 久方ぶりに「根無し草」という言葉に出会った。
 大正大学の山内明美准教授が平成23年11月に発行した『こども東北学』である。

「故郷から離別する者たちはみな、『根無し草』になる。
 跡取り娘は例外だけど、あるいは村の内部に嫁ぐのでなければ、必然的に村育ちの女の子のたどる道。」
 氏は「自由な生き方を許してはくれない故郷へのやりきれない気持ちと、そこで育ててもらった感謝の気持ち」を抱きつつ、東京暮らしを始めたものの、「村で育った自分が描くことのできる将来には、つねに眼界がつきまとった。」ので、「何になりたいか、と考えても、自分の世界にはぴったりくるものはなかなかみつけられなかった。」と言う。
 そんな氏は「都会と田舎、先進地と後進地という、ふたつの際立った対立軸」を見すえつつ、自分の立ち位置を固めつつある。

 この本を読みながら、不惑を越えるまで小生につきまとっていた「根無し草」感覚を再考した。
 あるシーンが忘れられない。
 受験のために上京した友人と二人で、夜の江戸城外堀を流れる真っ黒な水と、駅の光を背景にしてシルエットだけをくっきりと見せながら長方形の出口からひっきりなしに吐き出されてくる人々を眺め、僅かな言葉を交わした。
「呑み込まれないようにしよう」
「うん」
 それが墨のような水なのか、あまりにも眩しい光なのか、膨大な人の波なのか、あるいは澱んだ空気なのか、それは言わず語らずだったように思う。
 昭和40年代の日本を覆っていた東京志向に駆り立てられて故郷を後にするつもりではいたものの、行った先が安住の地はではないことを、もう、感づいていた。
 そして、落ちついたはずの大学では、国策の研究会に入ったが、一升瓶を傾けつつ熱心に議論するメンバーのほとんどが田舎者なのに、なぜか、心底からはなじめなかった。
 先輩たちが問題意識を忘れたかのように嬉々として大企業へ就職して行く姿にも、とまどった。
 最も尊敬していた先輩は、ずっと法学部のトップクラスだったのに、「田舎で百姓をやる」と佐渡へ消えてしまった。
 それから20年、事業の失敗で生活の根を実際に失い出家した頃から、不思議なことに名無し草という感覚は遠ざかった。
 托鉢にかけるという〈その日暮らし〉になったのに……。

 では今、小生の〈根〉はどこにあるのか?
 生家(角田市)はすでになく、育った仙台市の家も手放し、帰郷する先はない。
 大和町宮床で寺院を開基し、墓苑も造ったので、死ねばここに埋葬してもらえるだろう。
 では、ここが新たな故郷か?
 無論、出家した身に娑婆の家は無関係、み仏の世界が還るべき故郷である、と言うのは簡単だし、そのとおりだ。
 しかし、現に生きて死ぬこの世に在る身として、それだけで済ませるわけにはゆかない部分が残っている。

 准教授は最終章「故郷は未来にある」において書いた。

「3月11日。
 放射能汚染が国土を侵す現実の中で、私たちの眼差しが1945年の広島と長崎へ、もはや届いていなかったことがあきらかになってしまった。」

「世界で唯一、原子爆弾での『加害』を受けた国が、まるで腹を空かせた蛇が自分のしっぽを食べるようにして、原子力発電所の事故は起きてしまった。
 この国に生きるひとの多くが、もはや、原発と田んぼが共存している風景を不思議だと感じないほどの鈍感さの中で、自分自身への『加害』が起こってしまったのだ、とわたしは思う。」

 小生は今、広島に残る被曝の生々しい資料を当山へ残そうと考えている。
 戦場へ送る人も、送られる人も、ギリギリの決断をする際、戦争というもの、その最悪な手段が戦場に何をもたらすのか、〈最後の一孝〉をしてもらいたいと願っているからだ。

 准教授の言う「いくつもの僻地が積み重ねられた、最果ての土地というイメージとわかちがたく結びつけられた名称」である〈東北〉の地で、日本は再び核の餌食となった。
 そして、そのことは〈中央〉でなく〈東北〉で起こったがゆえに、早々と脇へ置かれ、原発という名の核発電は再稼働し始めている。
 東北はかつて、季候が稲作に不利だったため、白川以北一山百文と蔑まれつつ、富国強兵を目ざす国策のため、米の供給に励んできた。
 その東北が中央へ電気の供給を続けた挙げ句、土地を奪われ、追われた。
 准教授が本書でも指摘するとおり、『続日本紀』によれば、陸奥に住む蝦夷たちは大和政権によって関西から九州地方へと送られ、はたらかされ、殺されもした。
 陸奥は道の奧であり、東北であり、そこに生きる人々は差別され虐げられてきた。
 小生が東京で生きようとしたおりの極めて複雑な違和感の中に、そうした歴史が生んだコンプレックスもあったのだろう。

 広島と長崎の原爆に続き、原発によって核の犠牲となった東北には、そのことに関する問題提起を怠らない使命があると思う。
 小生は今、自らの〈根〉が「東北」にあると感じている。

「おん さん ざん ざん さく そわか」

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8

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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。合掌

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