コラム

 公開日: 2016-10-11 

ヒラリー氏とトランプ氏に思う ─溜飲を下げるか、寛容になるか─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。


〈かつて、米英仏ソを始め、主要国のほとんどが「戦争抛棄ニ関スル条約」を結びました〉


〈ウィキペディア様よりお借りして加工しました。グレー以外は批准国です〉

 アメリカ大統領選挙の候補者が2回目の討論会に臨んだ。
 スネの傷を抱えた2人は、自分の傷を庇いつつ、相手の傷を攻撃するという姿勢をとった。
 両陣営共に、自分の支持率を上げるよりもむしろ、相手の支持率を落とす作戦に出ている印象だ。

 貶し合う2人に対して、聴衆から質問が出された。
「お互いの尊敬できるところを挙げてください」
 ヒラリー氏はトランプ氏の子供たちがすばらしいのは父親の人となりを示していると言い、トランプ氏はそのことに感謝しつつ、ヒラリー氏は判断力に問題はあっても、諦めないファイターだと讃えたが、これは答になっているのだろうか?

 それにしても、いかに個人の人気が勝負の帰趨(キスウ)を決めるとはいえ、候補者は政党の代表である。
 政党は単なる権力団体ではない。
 だから、候補者は、政党が知的政策集団としていかに国家を動かして行こうとしているか、その道筋を示す責任者である。

 また、よく知られたように、アメリカの大統領は、いつでもどこでも核攻撃に許可を出せる「核のフットボール」を持ち歩く。
 人類が持つ最高度の兵器で敵国を叩くだけでなく、用い方によっては地球全体を破滅させることすら簡単にできるであろうたった1人の権力者である。
 だから、その人格・識見も最高度であることが求められる。

 2人はアメリカ国民からどう判断されるだろう?

 さて、暴言を吐き続けるフィリピンのドゥテルテ大統領や、北朝鮮の国営テレビはさておき、世界中の指導者たちがこうも刺々しく、不寛容さをむき出しにしている現状は何を意味しているのだろう?
 思えば、第一次世界大戦で史上類を見ない惨禍を味わった国々は昭和3年(1928年)「パリ不戦条約」を締結した。
 日本も翌年、批准している。
 日本国憲法第9条のモデルとなったとされる第一条と第二条は以下のとおりである。

「第1条 締約国は、国際紛争解決のために戦争に訴えることを非難し、かつ、その相互の関係において国家政策の手段として戦争を放棄することを、その各々の人民の名において厳粛に宣言する。
 第2条 締約国は、相互間に発生する紛争又は衝突の処理又は解決を、その性質または原因の如何を問わず、平和的手段以外で求めないことを約束する。」

 それから半世紀も経たぬうちに世界中で拳が振り上げられ、さらに大規模な世界戦争が勃発した。
 
 省みるに、戦争は、究極の不寛容が引き起こすのではなかろうか?
 戦争の最後の歯止めは、胆力の伴う寛容ではなかろうか?
 無論、許せば、耐えれば、必ず相手が刃を引くわけではないとしても、不戦の可能性を最後まで絞りきることはできる。

 しかし、往々にして、私たちは混乱にぶつかると自分にわかりやすいモノサシを持ち出し、早く決着をつけたくなる。
 溜飲を下げて気持良くなりたい。
 しかし、ここに落とし穴がある。
 それは、目先の結果しか見なくなる怖れがあるからだ。

 嫌な奴は殴り倒せば決着がついたと思うかも知れないが、返り血を浴びたり反撃されたりするだけでなく、深い禍根を残す可能性が高い。
 一方、嫌な相手に対してガマンし、時を経て平穏な人間関係に至れば、外見上は何もしなかったかのようであるが、殴る行為に走ることと比較して何倍もの智慧と忍耐と寛容とが総動員されているのだ。
 真の指導者とはそれができる人物でなければならないし、政治の世界にそれを求めるならば、私たち自身がそのような価値判断をする人間にならねばならないと思う。
 もしも、私たちが〈殴りたい人〉になるならば、そうした感性によって選ばれた人物が国家社会を動かし、最後には国家的殴り合いをしないとも限らない。
 その時、私たちは目先の溜飲を下げる一時的快感の何万倍もにあたる苦しみを味わうことになるだろう。

 アメリカ大統領選挙に学ぶところ大なるものがある。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃまりぼり そわか」
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8

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