コラム

 公開日: 2016-10-15 

定めた道を歩むには ─死ぬまで未熟─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 日々、自分の〈足りなさ〉〈至らなさ〉を痛感している。
 師へ、「生前にそこを埋めておきたい」と話した。
 埋める方法を相談したつもりだったが、意外な答が返ってきた。
「もう、外からとり入れる必要はない。
 今、あなたが持っているもので救われている人々がいるのだから、後は、身につけた方法をさらに錬磨し、次代へ確かに受け渡すだけでよいのではないか」

 より勝れたものをもって、より多くの人々の苦を抜き、より多くの人々へ楽を与えたいという勝義心(ショウギシン)のイメージに偏りがあった。
 自分に力が足りないのは事実だが、そこを埋める方法についての思量が足りなかった。
 中年になってから出家したこともあり、たとえば堤防工事なら、より高度な工法を会得するためにには、若くしてプロとなった人々の何倍もの努力が必要だであると覚悟し、やってきた。
 師は、残された時間の少ない中で、自分にできる工法そのものの限りない高度化をはかるよりも、自分で使える工法の精度を高め、それをバトンタッチすることに優先順位をつけてはどうかと諭されたのだ。

 目が覚める思いだった。
 そう言えば、遠方に住み、遠隔加持(エンカクカジ)を受けている信徒さんから、自分で出来る祈り方を求められ、伝えた時の達成感は大きかった。
 それは、いわば自分の血肉を分け与えるに等しいが、法の血肉は分け与えても決して減らない。
 分け与える行為そのものが、法をより確かなものへと昇華させる。

 行者は何をすべきか?
 一歩、踏み出した者にとって離れようのない大問題への答は、行者自身の年齢によって変わるのだ。
 懺悔(サンゲ…自らを省みて悔い、他者と社会へ恥じる)して慈悲心を清め、精進して智慧を深めるという一本道でも、菩提心(ボダイシン…まっとうに生きる心)と勝義心(ショウギシン…無限の向上心)のはたらかせ方は違う。

 中年になってから出家し、ご加持(カジ)の法を体得してすぐに一山を開基したA氏を思い出す。
 氏は、宗派が定めた修行の段階をすべて終えたわけではない。
 しかし、実際に救われた人々の求めに応じて場を造り、身につけた修法を駆使して訪れる人々を救っている。
 一個の身体を持って生まれる人間には、手を伸ばす範囲にも、この世にいられる時間にも限りがある。
 お大師様はほとんど無限とも思える修法を確立されたが、一凡人に縁となり、駆使できるものはごくごく限られている。
 それをやるしかない。

 医師など科学の世界に住む方々と接していると、方法の日進月歩が実感される。
 日々、より進んだ〈救い方〉があみ出され続けている。
 しかし、宗教の世界では、応用法に工夫の余地はあっても、お大師様ほどの行者が確立した手法そのものにはまったく手のつけようがないし、すべての手法を、実際に駆使できるレベルまで会得することは不可能だ。
 行者は身につけた範囲のものを磨き、必要とする方のために役立てればそれでよい。
 それが本ものであるかどうかは、自分ではわからない。
 しかし、結果は、ご本尊様と、ゆかりを求める人々が教えてくれる。

 お大師様は説かれた。
「自分で功徳の力をつけ、如来様のご加持力をいただき、社会や自然や宇宙の限りないお力を受け、普く供養する心で生きるのが行者のつとめである」
 これは何も行者に限った真実ではない。
 よき願いを持つ人は誰でも、自力や他力といった固定観念を離れ、こうした気持で精進の日々を過ごせば、必ず、その目的とその人に見合った最上の結果が得られることだろう。
 結果にモノサシを当て、50点、100点と点数をつけることは無意味だ。
 その人にとってそうして過ごす以上の方法はなく、得られた結果がその人にとってそれ以上にあり得なければ、何とどう比べられようか。

 若いころはたくさん詰め込もう。
 年をとったら錬磨を深めよう。
 実に、人は死ぬまで未熟、死ぬまで勉強だ。

「おん さん ざん ざん さく そわか」

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8

 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。合掌

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