コラム

 公開日: 2011-12-13  最終更新日: 2014-06-04

おはようございます


 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。

 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。
 また、当山へかずかずの温かいご支援をくださった方々へ、深く深くお礼申し上げます。




 隠形流(オンギョウリュウ)居合では、稽古の前に必ず護身法(ゴシンポウ)を行い、『七言法(シチゲンホウ)』を唱えます。
 七つの誓いを立て、誓い通りに生きるためにこそ、修行を実践します。

 その一は、「我、愚癡を言わず未来を語るは、人につけいられず、自他の発展を願うがゆえなり」です。

1 まず、「愚癡」を考えましょう。

 これはそもそも仏教用語で、無明(ムミョウ)の別称です。
 無明とは読んで字のごとく、智慧の明かりがない状態です。
 智慧とは真偽を分け、真理を選び、偽りを離れる力です。
 真理とは、道理にあてはめた時、〈疑いようのないものの理(コトワリ)〉です。
 釈尊が智慧の限りを尽くして見つけた真理は、仏法の根幹となっています。
 たとえば、「すべては変化しつつあり、固定的な実体を持つものはない」「私たちの根本的なありようは、ままならない状態である」などです。
 だから、愚癡とは、こうした真理にあてはまらない偽りを選んで考え、語り、行動することを指します。
 たとえば、「還らない過去にこだわる」、「財産や名声にしがみつく」、「いつまでも続く楽を求める」など。
 また漢字の意味からすると、愚とは、おろかでばかげたことであり、そうした状態です。
 癡とは、知恵が足りないことであり、知恵もなくこだわることであり、そうした状態です。
 だから、一般的な言葉としての「愚癡」は、「知恵がなく、考えても話しても無意味で役立たないものごとにこだわり、とらわれること」を指します。
 その典型が「~たら」「~れば」であり、「もしもこの人でなく、あの人と結婚していたら、もっと幸せになっていたに違いない」などと考え、口にするのが愚癡です。

 釈尊が「苦の原因は無明である」と説かれたとおり、ままならない人生は、ものの道理に反する見方、考え方、言い方、ふるまいに発しています。
 ならば、無明を脱すること、智慧によって愚癡を去ることを、まっとうに生きるための出発点とするしかありません。

2 次に、「未来を語る」を考えましょう。

 未来は「未(イマ)だ来ない時」です。
 それについて語るとは、単に、希望や夢を口にするという前向き思考を意味するのではありません。
 愚癡を離れる段階で、必ず何らかの真理をつかんでいます。
 その視点から見える未来を考え、口にするのです。
 こだわっていた過去のつまらない部分から解放された心。
 財産や名声そのものの浮薄さに気づいた心。
 一時の快楽が深い闇を引き連れてくることを身にしみて知った心。
 「~たら」「~れば」と詮なき後悔にとりつかれて過ごす時間の無意味さに気づいた心。
 こうした心は、おのづから、未(イマ)だ来ない時へかける蕾を生じさせます。
 
 あるご縁の方が倒れられました。
 津波から故郷を立ち上がらせようと、復興関連工事へ地元の企業や人材を優先的に選んでもらえるよう不眠不休の活動を続け、酒も煙草もやらないにもかかわらず、肝臓が壊れたのです。
 まったく突然に医師から余命を告げられてなお、地元の若い人々がはたらけるようにしたいと願う意欲は衰えません。
 この方の心にある未来こそ真の未来であり、この方こそが真に〈未来を語る人〉ではないでしょうか。

3 次に、「人につけいられない」を考えましょう。

 つけいるとは、「付け」+「入る」であり、弱点や欠点に取り付き、そこを突破口として相手の心身を意のままにすることです。
 だから、欠点や弱点を克服することが、つけいられないために必須です。
 克服に欠かせないのは、方法を誤らせない智慧です。
 愚癡・無明を離れなければ、有効な方法を考え実践できません。

 また、悪者が意のままにしようとするのは相手の未来です。
 相手の未来が餌食です。
 ならば、未来を塞いでおくこと、餌食の対象をなくすことです。
 何を持って?
 確固たる真の夢や真の希望でいっぱいになった未来は、悪者の歯が立ちません。
 前述の方は、病魔に襲われましたが、不治の病気という怖ろしい刃をもってしても、未来を語る口を閉ざすことはできません。
 やがて肉体が滅びようと、意志された未来のありようはすでに周囲の方々にとって不動の未来像となっており、引き継がれて行くからです。

 また、自分が確固とした未来を描いて生きていれば、悪心を持った人が近づけず、周囲の人へ悪心を起こさせもしません。
 自分のためだけでなく、他人のためにも、愚癡を言わず未来を語る人間でありたいものです。

4 次に「自他の発展」を考えましょう。

 私たちは、菩薩(ボサツ)への道を歩むために、あるいは菩薩として生きるために、仏法を学びます。
 菩薩とは、自己中心を離れ、自他共に幸せと安心を得たいと願い、精進する存在です。
 地蔵菩薩も観音菩薩も悟りを得てなお、悩み苦しむ人々を見捨てておけず、私たちの身近でお救いくださいます。
 私たちもまた、「皆と共に」という心があってはじめて、自己中心の魔ものを克服できます。
 自他共に良き未来をめざさねば、いかなる稽古も意味をなしません。
 だから、ここで言う発展とは、会社を大きくするといったイメージではなく、〈より菩薩らしく生きる〉ことを意味します。
 互いが互いを思い精進するところに極楽の扉は開きます。
 今年を象徴する文字が「絆」に決まったことには大きな意義があるのではないでしょうか。

 こうして居合の行者たちは修行を行っています。




 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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遠藤龍地

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