コラム

 公開日: 2012-01-27  最終更新日: 2014-06-04

幸せを壊すものに克つ ─死を克服する道(その4)─

 
 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。
 また、当山へかずかずの温かいご支援をくださった方々へ、深く深くお礼申し上げます。



 冷静な古人はこう言いました。
「死ぬことを忘れていてもみんな死に」
 俳聖(ハイセイ…聖人の域にまで達した俳句の名人)と呼ばれた松尾芭蕉はこう言ったそうです。
「きのうの発句はきょうの辞世、きょうの発句はあすの辞世、一句として辞世ならざるはなし」

 一方、何とも正直な人もいます。
「人が死ぬとは思っていたに、俺が死ぬとはこいつあたまらん」
 一休禅師や仙厓和尚もまた、死ぬ間際にお弟子さんたちを慌てさせたそうです。
「死にとうない」

 さて、お釈迦様の言葉です。
○長老とは、必ずしも年をとっているというだけではない。姿が老成して白髪になっただけであれば、耄碌したというしかない。
「所謂(イワユル)、老とは、必ずしも年耆(ネンキ)にあらず。形(カタチ)熟し髪白きは、惷愚(トウグ)なるのみ」(奉持品)

○真理を心に抱き、穏やかにして慈しみにあふれ、ものごとに精通し清浄であって初めて長老と呼ばれる資格がある。
「諦(たい)法(ほう)を懐(いだ)き、順調(じゅんちょう)にして慈(じ)仁(じん)、明達(めいたつ)、清潔(せいけつ)なるを謂(い)いて、是(こ)れを長老(ちょうろう)と為(な)す」(奉持品)

○この身は死すべきものであり、魂は形を超えた真実の存在である。例え身は死すともまたこの世に転生し、罪過と福徳による因果応報は消え失せない。
「是(コ)の身を死物(シブツ)と為(ナ)し、精神は無形の法たり。仮令(タト)い死すとも復(マ)た生じ、罪福は敗亡(ハイモウ)せず」(生死品)

○いのちが終わり、また始まるのは、この世における一代だけのことではなく、愚かさと渇愛とによって永久に続く。自分自身の行為によって苦と楽とを受け続け、身体は死のうとも魂は亡びないのである。
「終始(シュウシ)は一世(イッセ)に非(アラ)ず、痴(チ)と愛とに従(ヨ)りて久長(キュウチョウ)なり。自ら作(ナ)して苦と楽とを受け、身は死すとも神(タマシイ)は喪(ほろ)びず」(生死品)

 仏法では因果応報を説き、それはこの世だけにとどまる理法ではありません。
 私たちは、過去世が原因があったからこそこの世に生まれたのであり、この世での生き方は、来世にその結果を待つのは当然です。
 因果応報を信じるならば、輪廻転生(リンネテンショウ)をも信じるのはものの道理というものではないでしょうか。

 ならば、私たちはどうすべきか?
 死へいかに対処すべきか?

 お釈迦様は、従容(ショウヨウ…落ち着いて揺るがないさま)として信者の差し出す心のこもった、しかし怪しいキノコ汁を口にし、死を示されました。
 お大師様を導いた恵果(ケイカ)和尚様は、「来世ではお前の弟子になろう」と約束してこの世を去りました。
 お大師様は、2年前から死の日を悟り、その日へ向けてなすべきことを成し遂げられました。
 恐れ、逃げようとせず、最後の瞬間まで、自分の役割をまっとうされました。

 死へどう立ち向かうか?
 答が観えてきたのではないでしょうか。
 死はくり返される〈一区切り〉であり、死によってすべてが無になるのではないならば、死をむやみと怖れるより、一幕が降りるという厳粛さにこそ畏れを抱き、今をしっかり、恥ずかしくなく生きるしかないではありませんか。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。

 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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