コラム

 公開日: 2012-01-31  最終更新日: 2014-06-04

怒りは悪? ─凡夫の怒り、不動明王の怒り─


 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。
 また、当山へかずかずの温かいご支援をくださった方々へ、深く深くお礼申し上げます。



 Aさんの住む地域で住環境を破壊しかねない計画がスタートしました。
 明らかに人体への悪影響が予想されるのに、誰も立ち上がりません。
 Aさんは反対の署名活動を始めました。
 しかし、ほとんどの住民は知らん顔です。
 それは、土地を売却するとお金になるからです。
 計画の非人間性、住民の問題意識のなさ、合理的思考よりもなあなあを大事にする住民の姿勢、自分に火の粉が降りかからないうちは他人事として動かない人々。
 こうした事態に、Aさんはだんだん怒りを抑えられなくなってきました。
 加えて、不瞋恚戒に背いている自分を情けなく思う気持や罪悪感も起こり、わけがわからなくなってしまいました。
 僧侶も医師も科学者も怒りを処理する方法を説きますが、どこかおかしいと思え、何も信じられません。

 そして当山へ人生相談に来られました。
「寝ても覚めてもつきまとう私の怒りを消してください。
 怒ってばかりいる自分がいやになりました」

 お答えしました。
「あなたの怒りは不動明王の怒りに通じている面があり、誰かが抱かねばならない怒りです」
 そして、ダライ・ラマ法王の言葉をお伝えしました。

「怒りには、慈悲から生じるものと、悪意から生じるものという、二つのタイプがあります。
 心の根底に他者に対する思いやりや慈悲があって生じている怒りは、有益なものであり、持つべき怒りです。
 他者を傷つけたいという悪意から生じる怒りは、有害で鎮めるべき怒りです。
 悪意からの怒りは人に向けられます。
 しかし、慈悲からの怒りは人に対してではなく、行為に対して向けられます。
 ですから原因となる行為がなくなれば、怒りも消滅するのです」

 不動明王の怒りは安心へと導きます。
 真の怒りの先には平和が待っていなければなりません。
 その例を挙げましょう。
 1917年に生まれ、ドゴール将軍へ忠誠を誓ってナチスへ抵抗し、外交官にもなったステファン・エセルは93才の時、『怒れ!憤れ!』を書きました。
 生涯、レジスタンス運動にたずさわった氏は、今も檄を発します。

「ヨーロッパが破壊しつくされフランスが解放されたあの頃と比べたら途方もない富が生み出されているというのに、社会の基盤を維持するお金がなぜ今日になってたりなくなるのだろうか。
 それはお金の力が強くなりすぎたとしか考えられない。
 レジスタンスがあれほど戦ったのもむなしく、いまや金融の力は膨張し、傲慢になり、利己的になり、多くの服従者を持ち、国家の中で最も重要な地位を占めるまでになった」
「レジスタンス運動の活動家であり、自由フランス軍の戦士であった私たちは、いま若い世代に呼びかける──レジスタンスの理想を、よみがえらせ、伝承せよ。
 若者たちよ、松明を受け取れ。
 憤れ。
 政治家も実業家も知識人も、いや社会の誰もが、任務を放棄してはならない。
 金融市場が世界を支配し平和と民主主義を脅かすのを容認してはならない」
「歴史の脈々たる流れは、一人ひとりの力で続いていくものである」
「いちばんよくないのは、無関心だ。
『どうせ自分にはなにもできない。
 自分の手には負えない』
という態度だ。
 そのような姿勢でいたら、人間を人間たらしめている大切なものを失う。
 その一つが怒りであり、怒りの対象に自ら挑む意志である」

 ハマスがイスラエルへ抗議のロケット砲を撃ち込んだ事件についてはこう指摘します。

「ハマスはスデロット村へにロケット砲を打ち込んでよいのだろうか。
 答は、ノーだ。
 理由にはなり得ない。
 だが、あの行為を、ガザの人々の絶望の表れと説明することはできる。
 絶望感と捉えるなら、暴力の選択は耐え難きを耐えなければならない人々の悲しむべき結論だったと理解し、テロも絶望感の一つの表れだということもできよう。
 だが絶望は、負の感情である。
 絶望してはいけなかった。
 希望を持たなければいけなかったのだ。
 絶望は希望の否定である。
 絶望するのは理解できるし、それが自然だったとさえ言ってもいい。
 それでもなお、絶望を認めることはできない。
 なぜなら、希望がもたらすかも知れない結果を、絶望はもたらすことができないからだ」

 では、この先、世界はどうあるべきなのか。

「『暴力は無益だ』と知ってほしい。
 暴力は罪かどうかよりも、この方がよほど重要である。
 テロは無益な行為、役に立たない行為なのだ。
 では、何なら役に立つのか。
 それは非暴力の希望である」
「暴力は希望に背を向ける。
 だから暴力でなく希望を、非暴力の希望を選ばなくてはならない。
 これこそが私たちの進むべき道である」
「世界を危機的状況に陥れたのは、先進国による過剰な生産性追求ではないか。
『より多く』を求める呪縛を断ち切り、ここから脱しなければならない」
「21世紀を担う若者たちに、愛を込めて言おう──
 創造は抵抗であり、抵抗は創造である」

 高慢心がもたらす怒り、相手を破壊する怒り、これは煩悩です。
 しかし、正義を実現するための怒り、非暴力的方法による行動、これは煩悩に引きずられてはいません。
 発すべき明王の怒りであり、なさねばならない菩薩の行動です。
 Aさん、使命感を失わず、同志と志を共有し、自信を持って行動してください。



 
 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。

 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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