コラム

 公開日: 2012-02-07  最終更新日: 2014-06-04

三十七の菩薩(ボサツ)の実践(第十三回)


 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。
 また、当山へかずかずの温かいご支援をくださった方々へ、深く深くお礼申し上げます。



 菩薩(ボサツ)になるための実践道。
 第十三回目です。

「自らの過ちが認められないにもかかわらず、何者かが私を絞首刑に陥れたとしても、いたわりの心でその罪を自ら被る、それが菩薩(ボサツ)の実践である」

 こうなると、いくら修行とはいえ、尋常な判断力ではとても対応できなくなってきます。
「なんでやねん!」と憤り、果ては呪詛か絶望のうちに世を去るのが普通ではないでしょうか。
 では、この教えをどう考えるか?
 基本へたち戻ってみましょう。
 仏法は、人が慈悲の実践を行いつつ生きられるようになる道筋を説きます。

 慈悲の「慈」とは「与楽(ヨラク)」です。
 相手が誰であっても、誰しもが求める幸せがつかめるよう、力を尽くすことです。
 そのための最高の方法は何か?
 それは、自分が積んだ功徳を与えることです。
 自分の善行の結果が相手へもたらされるようにと、心から祈るのです。

 慈悲の「悲」とは「抜苦(バック)」です。
 相手が誰であっても、誰しもが厭う苦から離れられるよう、力を尽くすことです。
 そのための最高の方法は何か?
 それは、相手の悪業(アクゴウ)を自分が引き受けることです。
 相手の悪行の結果が自分へもたらされるようにと、心から祈るのです。

 こうした実践はいかにすれば可能なのか?
 実践者であるお地蔵様を考えてみましょう。
 お地蔵様は代受苦(ダイジュク…身代わりとなって苦を引き受けること))を使命としておられます。
 経典は、お地蔵様の誓いをはっきりと示しています。
「我まさに六道(ロクドウ)の衆生(シュジョウ)を抜濟(バッサイ)すべし、もし重苦(ジュウク)あらば我代わって苦を受けん」
(私は地獄界から天界までのあらゆる者たちを救おう。もしも消滅させきれないような重い苦しみを背負っている者があれば、私が代わりに背負いもしよう)
 お地蔵様は地蔵〈菩薩〉です。
 菩薩として身代わりにもなろうというのです。
 ここに、今回の教えを説くヒントがあります。

 つまり、相手と自分を入れ替える発想です。
 チベット密教ではそれをトン・レンと称する高度な瞑想法として確立しています。
 私たちは身代わりとなってくださるお地蔵様を信じ、お地蔵様の心をイメージし、そこへ近づこうとすることによって慈悲の実践が可能になります。
 具体的にはどうか?

1 事実や真実をつかめない、あるいは理解できない相手は、迷妄の闇にいる苦に満ちた気の毒な存在です。
 ならば、その身代わりとなってでも、相手の苦を抜こうとします。
 菩薩行を学ぼうとここまで来た以上、お地蔵様になりたいと願うのみです。

2 自分が理不尽な状況に陥った原因と自分の過去の業(ゴウ)が無関係であるはずはありません。
 たとえば過ちをおかしていないにもかかわらず、周囲から犯人ではないかと思われるならば、自分にも必ずなにがしかの原因があるはずです。
 ちなみに、私は小学校低学年の頃、仲間と遊んでいてご近所さんのガラス窓をボールで割ったりすると、よく、犯人に仕立て上げられました。
 大人へ事実を話しても、「いいわけをするな」とかえって叱られたりすると、黙って謝ったものです。
 そのうちに目撃者が出たりして無実の罪は晴れました。
 今になってふり返ると、小学校へ入ってまもなく胸を患って寝ていた頃、暇にまかせて毎日、新聞や子供向けの小説を読みふけっていたので周囲から生意気に思われ、同輩から煙たがられてもいたのでしょう。
 気づかぬうちに知識をひけらかしていたのかも知れません。
 犯人に仕立て上げられた原因は、嘘をつく仲間にだではなく、まぎれもなく自分にもありました。
 もしもこの教えのような状況になったとしたら、絞首刑になる直接的な原因は自分にないとしても、必ずなにがしかの原因が自分にもあるはずです。
 そして、この状況は、過去の業(ゴウ)を清めるきっかけでないはずはありません。

 昭和23年、戦後間もない時期にM7・1とされる福井大地震が起こりました。
 震度6となった福井平野では津波なしで全壊率が60パーセントを超える大災害でした。
 そのどさくさまぎれに、坂井郡大石村の向岡マサさん宅へ三人の強盗が押し入りました。
 押し入れから虎の子の4万円を奪い去ろうとするので、マサさんは訴えました。
「それは震災で家が倒れたので建てたバラックの大工賃です。払えなくなれば私は死ぬしかありません」
 しかし、大金を見つけた強盗は返してくれず、逃げようとします。
 マサさんは強盗たちの背中へ言い、祈りました。
「あなた方は悪い人ではないのに魔がさしたんでしょう。
 そのままでは極楽へ行けませんよ。
 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、~」
 主犯格の高間は奪った金をそっと玄関に置き、仲間へは、自分が持っていた金を奪った分だといって配ったそうです。

 緊急場面で自分がどう行動するかはなかなか予測できません。
 しかし、向岡マサさんと強盗高間の一件はさておき、今回の東日本大震災における皆さんの文字どおりいのちをかけた助け合いは、私たちへの励ましとなり、希望ともなっています。
 町職員遠藤未希さん(24才)は、津波が押し寄せてくる宮城県南三陸町で、住民へ避難を呼びかける防災無線のマイクをギリギリまで離しませんでした。
 遠藤未希さんを含むたくさんの方々の献身的な行動こそ真の布施行であり、そこには生きる菩薩の姿がありました。
 私たちも菩薩であるべく、教えにより、献身的な善行により喚起されるよきイメージを心に保ちつつ生きたいものです。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。

 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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