コラム

 公開日: 2012-02-11  最終更新日: 2014-06-04

西行の涙を忘れない ─御霊は仏神に導かれて欲しい─ 


 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。
 また、当山へかずかずの温かいご支援をくださった方々へ、深く深くお礼申し上げます。




 平安時代、西行は伊勢神宮へお詣りしたおりに詠みました。

「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」

(いったいどなた様がおられるのかはわからないけれども、畏れ多いほどのありがたさに、涙が流れて止まりません)

 西行は、私たちの存在を超えた「なにごと」かに深く感じ入っています。
「かたじけない」とは、自分に対して不釣り合いなほどの高みから、自分の分を超えたものが与えられた時に発する言葉です。
 西行は、伊勢神宮で超越的なものと接したのです。

 私たちは古来、人は死ねば無になる、あるいはゴミになるとは考えてきませんでした。
 死ねば私たちの日常を超越した世界へ入ると感じればこそ、遺骨を大事に扱い、墓地へ詣でてきました。
 どこかから見ていてくださるという感覚もまた、身近な人を失ったことのある多くの人々に共通するものです。

 一方、私たちは、自然から超越的な何かを受け取り、聖者の方々が残された教えやそれを伝えるさまざまなものを通じて、凡夫を超えた超越的な智慧や慈悲に魂を震わせてもきました。
 仏神と呼ばないでいられない「なにごと」かを感得し、祈りの伝統を伝えてきました。
 故人となった人の行く先は当然、えも言われぬ崇高で絶対的な「なにごと」かに導かれる世界であってほしいと願い、「なにごと」かに通じる祈りを手段として故人が迷わぬよう、安らかであるよう念じてきました。

 だから、故人を弔うことと、導き手としての仏神を信じることは一体でした。
「導かれないあの世」という観念はあまりなかったのではないでしょうか。
 常々、目の前のことごとに追われ、仏神へ手を合わせずにいる人々も、いざという時は〈神頼み〉するしかありません。
 手を合わせずにはいられなくなります。
 では、手を合わせるとは何なのか?
 それは、仏神と一体になることです。
 左手は自分であり、右手は仏神です。
 二つが一つになり、そこで日常を超えた心が生じ、それは自(オノ)ずから超越的な何ものかへの祈りとなっています。
 身近な人が逝った時、手を合わせることによって無意識のうちに自分が超越的なものと一体になり、あの世でもそうあって欲しいと願ってきたのではないでしょうか。

 現代の日本人はなぜか、葬儀といい仏壇といい、弔いの場から超越的な存在を忌避する行動が多くなってきました。
 聖職者のいない別れ、仏神のいない位牌箱が推奨されています。
 本当に、別れや弔いは〈自分対故人〉だけで良いのでしょうか?
 この世で親や先輩や先生などに導かれ、ようやく生かしていただいている人間が、あの世へ行った途端に自分だけで安心を得られるなどということが考えられましょうか。
 本当に、合掌は〈掌の間に感じるぬくもり〉だけで用が足りているのでしょうか?
 右手が超越的なものとつながっておらず、迷いや過ちに満ちた自分だけの両手で何ができるのでしょうか。

「引導が渡された時、故人が清浄な世界へきっぱりと旅立ったことが実感されました」
「おりおりの供養をしてきた今、ようやく夫との別れに本当の納得ができたような気がします」
「死のうとした時、なぜか合掌していました。
 両手は強く強く磁石のようにくっついて一体になり、震えました。
 震えがおさまった時、死のうという気持はなくなっていました」
 こうした皆さんも、当山も、西行の涙を誘った「なにごと」かの「かたじけなさ」に導かれています。

「かたじけなさ」を感得する素直さや瑞々しさを自分で保ち、皆さんにもぜひ保っていただきたいと強く願っています。
 3月11日の般若心経百万巻、納経百万巻による供養の計画も、こうした願いの延長線上にあります。
 御霊を弔うため、ぜひ、仏神に導かれた供養を行いましょう。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。

 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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