コラム

 公開日: 2012-02-14  最終更新日: 2014-06-04

老後の仕事は〈生き仏〉になるのが一番(その1)


 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。
 また、当山へかずかずの温かいご支援をくださった方々へ、深く深くお礼申し上げます。




 想像してみてください。
 これから高齢化が進み人口が減るとされている日本ですが、多くなるお年寄りが希望もなくあるいは放縦に生きているのでなく、仏様のようになっているとしたら、いかに住みやすい世の中になることでしょうか。
 お年寄りが皆、ニコニコして暮らしていれば、はたらきざかりの壮年にも、学びざかりの青年にも、遊びざかりの子供たちにも、たくさんの笑顔が見られるのではないでしょうか。

 誰でも年をとりたくありません。
 一生のうち、「いっそ死んでしまいたい」と思う瞬間はあっても、「いっそ年をとってしまいたい」と思う人はまず、いないはずです。
 だから、お年寄りの皆さんはいつまでも若さを保とうとし、そうした夢に対応する商売はいつの世にもあります。
 高度成長の消費社会では若者受けするために頭をしぼっていたあらゆる業界が、今はお年寄りの財布を狙って方針転換に余念がありません。

 それはそれで結構ですが、社会の構造が変われば、年金の問題をはじめこれまでのやり方では社会の安定が守れず、てんやわんやの騒動になっています。
 避けられない過度期の混乱というものでしょう。
 プロの方々には、国全体のバランスを考え、30年後、50年後を見据え、公の視点から良い方法を見出していただきたいものです。

 さて、否応なく年をとると否応なく肉体の耐用年数が尽き、死を迎えねばなりません。
 年を取りたくないという夢は、最初から覚める時期がすぐそこに来ている儚い夢でしかなく、それを忘れようと懸命になっているうちに、突然、あらゆる努力が幕を引かれます。
 幕の引き手は病魔であり、死に神です。
 いつ、「はい、ここまで!ご苦労さん」と言われるかわからない不安から、夢にしがみつこうとしますが、人生の最後をそうした健気な努力だけで過ごすのが賢明な生き方でしょうか?
 自分の夢を追うことが、次代を担う世代へいかなる役に立つでしょうか?

 もちろん、お年寄りが自分できちんと健康管理をし、いわゆる〈ピンピンコロリ〉を願うのは後の世代の社会的活躍を妨げず、医療費など国家財政にも寄与する大切な生き方です。
 しかし、それだけでは賢明な生き方の片面だけです。
 あとの片面は、『父母恩重経(ブモオンジュウキョウ)』が教えています。

 経典は、親の恩がいかに大きく、広く、高く、深いかを説き、最後にこう断定します。
「父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、もし、いまだ三宝を信ぜざらしめば、なおもって不幸となす」
 いかに旨いものを食べさせ、何不足ない暮らしをさせても、仏教に帰依(キエ)するように導かなければ親不孝だと言うのです。
 それは、いくら勉強し、いかにはたらいた人でも、年をとってなお酒食に溺れる危険性はつきまとい、煩悩(ボンノウ)を何とかしない限り人生をきちんとまっとうできないからです。
「孝養の軽重(ケイチョウ)緩急を知らざるべからざるなり」
 何が本当の親孝行なのか、よく考えねばならないと説いてこの経典は終わります。
 つまり、人の子たるものは、もしも親が年とってなお仏法を省みず、自分の煩悩を何とかしようとせず気ままに暮らしているなら見過ごさず、仏法僧へ帰依するよう勧めるのが本当の親孝行なのです。
 それは、とりもなおさず、お年寄りは何をさておいてもまず自分の煩悩と向き合い、仏法に依って残りの意欲を賢くコントロールすべきであるということです。

 社会で活躍する現役を離れれば、誰憚ることなく自分の心と向き合い、生きるべきように生き、死ぬべきように死ぬ努力ができます。
 長い労苦から解放されたのだから大の字になりたいのは当然です。
 そこから先を気ままに生きようとするか、それとも人間として生きるべきように生きることを考えるか。
 どちらの道を選ぶかによって、死を迎える時、天と地の違いになるかも知れません。

 身体の健康管理と同時に、心を清めてこそ、賢明な生き方と言えるのではないでしょうか。
 仏様になって生きる即身成仏(ソクシンジョウブツ)こそ、お年寄りの一番の仕事ではないでしょうか。

 ではどうすれば良いか?
 お釈迦様は、誰にでもすぐにできる方法を説かれました。
 それは次回に……。





 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。

 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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