コラム

 公開日: 2012-03-01  最終更新日: 2014-06-04

年忌供養は不要か ─「やっとここまで来ました」と涙ぐむ人のために─

2月28日付の朝日新聞からお借りして加工しました
 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。
 また、当山へかずかずの温かいご支援をくださった方々へ、深く深くお礼申し上げます。
 来る3月11日には「般若心経百万巻」の供養をしましょう。(http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-3107.html




 人が亡くなって一週間めに初七日忌がやってきます。
 感覚としてはご葬儀が終わるとすぐに、といったところです。
 そして四十九日忌を過ぎてこの世へ残した気配も消えれば、完全に〈向こう側の存在〉となります。
 この関所を通過させてくださるのが力を授ける薬師如来であることはよくわかります。
 きっと宇宙ロケットが地球の引力圏から脱する時のようなエネルギーが必要であるとイメージできるからです。
 この供養を望まれる方の多くが、ご葬儀後、それほど間をおかずに申し込まれます。
 きっと、やらないではいられない思いが強いのでしょう。

 2月28日付の朝日新聞に仮設住宅の自治会長佐藤富士夫さん(63才)が紹介されました。
 佐藤さんは、津波で奥さんと二人のお孫さんを亡くされました。
 6畳間で一人暮らしをするようになって初めて書いた日誌です。

「7月10日
 3人の法事。
 みんな焼香してくれました。
 おじいさんとしてはうれしくて涙が止まらない」

 3人の遺影を枕元へ並べて床に就く佐藤さんは驚くほど率直に「うれしい」と記しました。
 きっと山ほどの「何で……」に襲われる佐藤さんにとって、一緒に悼み供養してくれる人の気持が渇いた喉を潤す水のように心へ沁みたのでしょう。
 生きている人にとって嬉しいのはやはり、人の共感であり、思いやりなのです。
 定められた供養の機会はそれを確認できる重大な時です。
 また、悼む心でいる周囲の人々にとっても、機会が得られることはありがたいのです。
 自分の気持に任せて勝手にでかけて行けば、ご遺族にとって迷惑になるかも知れません。

 百か日忌はなぜ行うのか?
 それは確かに阿弥陀如来のおられる浄土へ向かえるよう、阿弥陀如来にお仕えする観音菩薩がお迎えに来てくださるからです。
 だから百か日忌では観音菩薩の経典を読誦するなどして、観音菩薩の法を結びます。
 経典は説きます。
「門族の中に、もし、命過あり、悪道に堕する者あらば、まさに今施すところの福をもって、還りて人天に生ぜしむべし」
(一族の中にもし、死者が出て地獄などの悪道へ行きかねないならば、供養の功徳を廻向して人間界や天界へ転生できるようにしなければならない)
 私たち煩悩を持った者は必ず何か、人としての失敗をやらかしてしまいます。
 悪意でなく他人様を傷つけたことのない人はいないはずです。
 だから、原因には必ず結果が伴うので、この世で結果が出ることなくあの世へ持っていった悪因は、当然あの世、もしくは来世で悪しき結果をもたらします。
 その悪しき因縁の力が弱まるよう、この世の私たちはみ仏を供養して徳を積み、その功徳をあの世の御霊へふり向けます。
 法力をもって〈ふり向ける修法〉を行うのが導師の役割であり、御霊の安寧を願う方々はさまざまな形で供養のまことを表します。
 それが経典の説く「施すところの福をもって」の意味です。

 次いで、観音菩薩と共に阿弥陀如来の脇に侍する勢至菩薩の強力な勢いをもって一周忌を通り、三回忌には阿弥陀如来の浄土へ到着します。
 経典は説きます。
「もし、父喪してすでに餓鬼中に堕し、子ために追福せば、まさに知るべし即ち得んと」
(もしも父親が亡くなって餓鬼界に落ちるようなことがあっても、子供が福徳を廻向して追福供養を行えば、父親はきっと餓鬼界から脱することを知らねばならない)
 故人自身の生前の善行と、遺族によるおりおりの供養の功徳とあいまって地獄界や餓鬼界へ行かず、ようやく浄土へと到着できるのです。

 思いもよらぬ形でご主人を不意に亡くされ、「私のせいだ」と自責の念に襲われる一方、「どうして?」と疑い、恨む気持もあいまって悶々としておられた奥さんが三回忌を終え、深い嘆息と共に発した一言は忘れられません。
「──やっとここまで来ました」
 もう、「よくぞここまで……」の先に言葉はありません。
 目を上げた奥さんの薄い涙の向こうから発している瞳の光はあまりに清浄で息を呑みました。
 阿弥陀如来様の光ではないか……。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0
<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

消えた因縁 ─心の檻(オリ)から脱した話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ