コラム

 公開日: 2012-03-15  最終更新日: 2014-06-04

三十七の菩薩(ボサツ)の実践(第十五回) ─過去を暴(アバ)く人へ感謝する─


 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 菩薩(ボサツ)になるための実践道。
 第十五回目です。

「大勢の者が集まるなかである者が、私の過失を掘り起こし罵声を浴びせかけても、その者を善友(ラマ)と思って敬意を払う、それが菩薩(ボサツ)の実践である」

 誰しもが自分の失敗は隠したがります。
 それは自尊心の問題ですが、〈失敗した者〉としての烙印は、何かをしようとする時に足を引っぱる怖れがあるからです。
 しかし、失敗したことは事実であり、自分を嫌ったり、恨んだり、憎んだり、妬んだりしている人にそれを指摘されたからといって激高する必要はありません。
「そうだよな」
 この一言を自分へ言い聞かせるだけで、心は平穏を保てます。
「それで?」
と冷静に相手へ問えればもう、心の勝負はついています。
 もしも、それでも相手がお前は以前こうだったと攻めてきたら、そうだよと答えればよいだけです。
 これができるためには、第一に、失敗には速やかに決着をつけておくことです。決着に時間がかかるようなら、少なくとも方向性と腹構えを決めておくことです。
 そうすれば、相手がさらに迫ってきた時に明確な答えができ、第三者がやりとりを耳にしていても、失敗はきちんと処理されたと理解され、その後の行動にさしたる支障は生じません。
 そして、思惑をもって相手の過去をほじくり出した人こそ軽蔑されることでしょう。
 
 もちろん、世間はゴシップ好きで、「他人の不幸は蜜の味」ということわざもあるほどです。
 誰かの失敗を言挙げする嫉妬心が潜んだ有名人のゴシップは、常にマスコミを賑わしています。
 だから、過去の失敗が明るみに出たことによって周囲へ一時的にさざ波が立っても、そうしたさざ波を立て、あるいはさざ波に関心を持つ人は、すぐに他所でさざ波を立て、他のさざ波に反応するので放っておけばよいだけのことです。

 ネットの情報によると、独立行政法人「放射線医学総合研究所」の嫉妬に関する研究結果が発表されています。
 健康な大学生たちが、異なったタイプのAさんBさんCさんを登場人物とするシナリオを読み、三人に対していかなる脳活動を行うかというものです。

○Aさん…被験者と同性で、進路や人生の目標や趣味が共通。被験者より上級ないし優れた物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。

○Bさん…被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なる。被験者より上級であったり優れた物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。

○Cさん…被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なる。被験者と同様に平均的な物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を所有している。

 妬みを強く感じた順番は当然、AさんBさんCさんとなります。
 興味深いのは、三人へ不幸が生じた場合に喜びを感じた順番もそうなっているという点です。
「妬みの感情には大脳皮質の一部で『前部帯状回』と呼ばれる葛藤や身体的な痛みを処理する脳内部位が関連していることや、妬みの対象の人物に不幸が起こると、心地よい感情や意志決定などにも関わると考えられている『線条体』と呼ばれる部位が活動することが明らかになった」というから恐ろしい話ではあります。

 さて、師の役割の一つに、弟子が身・口・意で犯す過ちを正すというものがあります。
 師の心と言葉は弟子の生きざまを映し出す鏡の役割も持っています。
 弟子はその鏡に、自分では気づかない、あるいはやり過ごしてしまっている自分の醜い姿を見せられる場合があります。
 もしも、ほっぺたに米粒がついていたなら、誰かに教えられるか鏡で知るかしか、取り除いて恥ずかしい思いをしないで済むきっかけはないのです。
 ならば、たとえ公衆の面前であろうと、いかなる意図を持っていようと、過失を指摘する相手は常に師と等しい役割を果たしていると言えます。
 相手を「師として敬うべし」と説く今回の教えは、ここに、その理由があります。

 ダライ・ラマ法王は説かれました。

「褒められることより、貶されることである。
 なぜなら、貶されることで気づかされるのだから。
 褒められることで、慢心につながるのだから」

 私自身、かなり昔に、こうした場面で大失敗をした経験があります。
 勉強不足、修練不足のために賢いプロセスが踏めず、理不尽な言葉を発する相手とまともに対峙してしまったのです。
 いずれ、こうした場面では余計なことを考えず、ただ、指摘された事実を冷静に受けとめ、過去を再び、懺悔と学びと成長のきっかけにするのみです。

一 もしもムカッときたならば、この教えを思い出しましょう。
二 それでも落ち着かない時は、「南無大師遍照金剛」なり、光明真言なり、守本尊様の真言なりを心で唱え、深呼吸しましょう。
三 さっきの「そうだよな」によって、自分はバカだったと事実を再確認しましょう。
四 懺悔する気持を新たにしましょう。

 学び、心の準備ができていれば、いつでも「さあ、いらっしゃい」となります。
 何と安心なことでしょうか。
 ところで、誰かへ理不尽な攻撃をする人には悲しみを覚えます。
 その人が根源的な悲しみを知らないことが悲しくなります。
 この問題はいずれ、又……・



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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