コラム

 公開日: 2012-03-29  最終更新日: 2014-06-04

井上ひさし氏の「恩送り」

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 勉強会『生活と仏法』で恩について考えた日、Aさんが3月16日付の『河北春秋』を切り抜いて持参しておられたのはあまりにもグッドタイミングで、皆さんと一緒に驚き、廻し読みをしました。
 河北新報のニュースサイト・コルネットさんから転記します。


「恩送り」。作家の井上ひさしさんは生前、辞書には載っていないこの言葉を心に大切に秘めていたのかもしれない。
▼受けた施しや恩を、直接その相手に返すのではなく、自分ができるようになったときに地域や周りの誰かに返す。
 井上さんと親交のあった、一関市在住の作家及川和男さんが本の後書きに記している。
▼井上さんは激務の合間を縫い、通算4回にわたって同市で直接、一般住民の作文指導に当たった。
 1回につき100人以上の受講生の作文を徹夜で添削し、句読点から語句の使い方まで一つ一つを丁寧に教えた。
▼講義の途中、井上さんが秘話を明かしたことがある。
 一関で過ごした中学時代に、書店でどうしても欲しかった辞書を見つけて万引しようとしたところを見つかった。
▼店主は、警察行きを覚悟した井上さんを店の裏に連れていき、夕方までまきを割らせた。
 そして「職人に頼む代金に比べたら辞書代は半分だ」と言い、辞書と半額分の賃金を手渡した。
 人気作家による無報酬の作文教室は、その「恩送り」だったのではないか。
▼大震災から1年が経過した。
 被災地では大勢のボランティアによる活動が続く。
 いま、直接でなくてもいい。
 いつか恩を送れる日がきて、それが人と人との新たな絆として紡がれればいい。


 廻向(エコウ)という言葉にはさまざまな側面があります。
 一般的には、私たちが供養や精進などの功徳をあの世へ廻し向けることを指しますが、こうした場面では、この世で生きている人同士の間でそれが行われています。
 店主は万引きに罰をもって報いることなく、辞書が読みたいという熱望へ、罪を犯さずにそれを満たす方法をもって報いました。
 きっと店主は地域住民が利用してくれるおかげでなりわいが成り立っていることを感謝し、地域住民に恩を感じていたのでしょう。
 そこへこの万引き事件です。
 店主にとって少年はいつもお金を払ってくれる〈お得意さん〉でないけれども、店へ足をはこび熱心に辞書を手に取る姿は、無数の〈おかげさま〉に含まれています。
 だから、こうした対応は店主にとってごく自然な行動だったものと思われます。
 いわば、無心の廻向です。

 私にもこれに類する体験があります。
 娑婆で商売をしていた頃、オモチャを万引きした小さな少年が両親に連れられて返しに来たことがありました。
 いかにも貧しそうな三人は並んで座り、母親は、封を切り使ったしまったオモチャの代金を今すぐは払えませんが、いつかきっとお支払いしますと泣いています。
 自首したことに免じて少年を許して欲しいというのです。
 少年に詫びる意志とくり返さない意志を確認した私は、改心のご褒美としてオモチャを渡しました。
 やがて私は会社を倒産させて無一文になり、托鉢僧となった姿が河北新報で報道された時、一枚の無記名のハガキが届きました。
「いずくにかおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」
 西行が伊勢神宮にお詣りしたおりに詠んだ一句「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」をベースにしています。
 これを目にした瞬間、差出人はあの三人のうちの誰かであると確信しました。
 私はこの一枚のハガキにどれだけ力づけられたかわかりません。
 なぜなら、娑婆とは原理の違う世界で生きることを決心した以上、娑婆で受けた恩を似たような形で返すことは不可能であり、そのことが深い罪悪感を伴う最大の重しとなって心にのしかかっていたからです。
 あの三人はついにオモチャの代金を持参できませんでした。
 しかし、一枚のハガキに思いを載せてくれました。
「恩は忘れていません。
 しかし、とうとう恩返しはできませんでした。
 でも、社長さんがお坊さんになって修行をしていることはとてもすばらしいと思い、三人で喜んでいます。
 私たちは陰ながら応援しています。
 どうぞしっかり励んでください」
 あの三人は、それぞれにとっても私にとってもまったく思いもよらない形で、私へ強い支えを与えてくれました。
「恩を忘れず、しっかりやっていれば、いつかきっと、恩人へ、あるいはその周囲の方々へ何らかの恩返しができる。
 誰かのために行う修法は、無限の縁の糸を通じて恩人のためになっているかも知れない」

 その後、新らしい縁が過去の縁と不思議なつながりや重なりを持っているという目を瞠らされる体験に感謝し感謝しつつ、ここまで来ました。
 山ほどの恩を受け、いくばくの恩返しもせずに……。
 実に、「恩送り」は意図して行われ、あるいは意図せずしても行われ得ます。
 恩を忘れず、相手が生者であれ死者であれ、誰かの何かのためになりたいと念じつつ生きていれば、他人からどう見えるかではなく自分のまごころのレベルで、恩知らずに堕ちることなく生涯をまっとうできるのではないでしょうか。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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