コラム

 公開日: 2012-04-14  最終更新日: 2014-06-04

行者はいつ、ご隠居さんになるか ─「もはやこれまで」へ向かって─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 年令の近いAさんから尋ねられました。
「新聞や機関誌『法楽』を読んで疑問に思っています。
 住職は疲れないのですか?」
 当然、毎日、疲れの海を泳いでいます。
 最近は、睡眠打破剤や『救心』が妻よりも長く一緒にいる同伴者です。
 しかし、当山へご加持(カジ)を受けに来られる建築現場の方などは、やや朦朧(モウロウ)として来山され、大イビキをかいて休まれた後、また、待っている現場へ出撃されます。
 介護に疲れ果てた方も、ひとときの別世界で心身が解放され、また、慈悲と勇気をもって現場へ戻られます。
 こうした方々と一緒に日々を過ごしていると、自分が疲れたなどとは言えません。

 ある時、文殊菩薩(モンジュボサツ)にも負けないほど深い悟りを開かれた『維摩経(ユイマギョウ)』の主人公維摩居士(ユイマコジ)は、体調を崩して休んでいたおりに、ラカンさんから皮肉られました。
「あなたほど神通力のある方が、いったいどうしたのですか?」
 維摩居士は応えました。
「人々に病があるゆえに、私もまた、病むのです」
 菩薩には、「同事(ドウジ)」という人間関係における鉄則があります。
 相手と同じ立ち位置に立ち、考えを同じくし、その苦を共有してこそ、慈悲と智慧による方便(ホウベン…ものごとを解決するための最も適切な手立て)に気づき、実践できるのです。

 さて、密教の行者は自身加持法(ジシンカジホウ)を体得しており、いつでも自分へご加持を行えますが、実は、わざわざそうするまでもありません。
 ご加持であれ、ご供養であれ、ご祈祷であれ、いかなる法も、ご本尊様と一体になってから結ぶので、実は、その時点ですでに充分、日常次元からの解放が行われ、ご加持を受けた状態に近づいているからです。
 とはいえ、やはり、生きものとしてエネルギーの限度はあります。
 そのうちに、行き着くところへ至ることでしょう。
 それまではただ、なすべきことを全力で行うだけです。

 Aさんはたたみかけます。
「住職は、隠棲(インセイ)を考えないのですか?」
 あなたはもう充分に年をとったのだから、ご隠居さんになっても罰が当たらないのではないか(お互い、このあたりで少しのんびりしようではないか)というありがたいご提案です。
 即座に答えました。
「まったく考えません。
 誰かの願いを自分の願いとして祈りながら、つんのめって死ねれば本望です」
 Aさんは理解に苦しんでおられます。
「だって、絶対の安寧(アンネイ)を求めて修行の世界へ入ったのでしょう?
 一休さんのようになりたくはないのですか?」
「全く、なりたくありません。
 高僧伝などを読まれた方の中には、自分も仕事に一段落ついたなら出家しようかなどと考える方もおられるようです。
 実際、簡単に僧侶にしてくれる所も多々あるようで、いわゆる好々爺(コウコウヤ)を趣味的にめざすのは、それはそれで自由です。
 しかし、『同事(ドウジ)』が義務づけられている菩薩の日常は、医師の治療現場と変わりありません。
 充分に〈戦場〉です。
 戦う相手は自他の無明(ムミョウ)であり、煩悩(ボンノウ)であり、自分自身の業(ゴウ)であり、社会的な業である共業(グウゴウ)です。
 量質共に、相手にとって不足ありません。
 お釈迦様は、歩きながら説法し、法力をもって救い、最後はチュンダのまごころへ応えるためにいのちを差し出されました。
 お大師様もまた、一年以上にわたって死と死後の準備をしつつ、都と高野山を往復して獅子奮迅のはたらきをされました。
 お二人とも菩薩として、エネルギーの最後の一滴まで使い尽くされました。
 自分の最期が実際にどうなるか、仏神ならぬ身には到底わかりませんが、憧れる方々と同じように死を迎えたいと願ってはいます」

 Aさんは絶句し、沈黙が流れました。
「──そうですね。
 私は、次々と当山へ救いを求める方がおられるから、こんなことを考えているのかも知れません。
 いろいろなことをやるのも、役立ちたい、自分の全てを擲(ナゲウ)ちたいからでしかありません。
 はたらかせていただいているのは、求められているという実感があり、お伝えしておかねばという使命感があるからです。
 お互い、やっていることが何ごとかであるうちは、疲れても、うっかりご隠居さんにならず、手を抜かず、やれるところまでやり通しましょう。
 そのうち否が応でも〈もはやこれまで〉という瞬間がやってくるでしょうから。
 願わくば、その瞬間が死でありたいものです。
 たかだか、それまでのことです」

 そうですねとAさんは笑い、私も笑い、短い会話はお開きとなりました。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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