コラム

 公開日: 2012-04-15  最終更新日: 2014-06-04

東日本大震災 ─東北関東大震災・被災の記(その97)─「應」という確かな希望─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 東日本大震災から1年が経ちました。
 私たちはこの間に大切なものを取り戻したのではないでしょうか?
 それは「應」(=応)です。
 白川静によれば、この文字から「心」を除くと、鷹狩りによって神意を問う「うけひ狩り」を意味する文字になるそうです。
 私たちは「~に応じて」と言いますが、その時の心は、やって来ている相手へ対して無垢ですなおになっています。
 相手が〈時〉であろうが、〈所〉であろうが、〈人〉であろうが、〈モノ〉であろうが、〈事〉であろうが。

 大震災前は、「應」からはてしなく離れ、世界は自分が主体としてかかわるものであるという観念に支配されていはしなかったでしょうか?
 もちろん、主体性を重んじるのは意義ある姿勢です。
 しかし、すべてをまず、〈自分にとって〉と受けとめ、同じようにより分け、自分の世界を構築する材料としてしまう感覚が強過ぎれば、情報に含まれている切実で、魂へ訴えかけてくる部分が感受できなくなってしまう虞(オソレ)があります。
 たとえば四季の変遷、人やペットとの別れや、その死。
 去りゆくもの、あるいは去ったものをいち早く〈処理〉してしまえば、心は乾きかねません。
 ──無常に流され遠ざかりつつある何ものかから聞こえてくる声なき声。
 実は、無限の過去から伝えられた無数の声こそが私たちの魂のありようを決めており、私たちの未来はすべて、この声々を土壌としてこそ強く健全に育つことのできる樹木だからです。

 アーノルド・トインビーは

「12、13才くらいまでにその民族の神話を学ばなかった民族は例外なく亡んでいる」

と指摘しました。
 これは、個人に置き換えてみれば「声なき声を聴けなくなれば、その先の人生は砂上の楼閣となりかねない」とも読み取れます。

 平成23年3月11日以前の私たちは、「應」を忘れ、声なき声へ耳を塞ぎつつ先を急いでいました。
 最も日常から遠い死は、あたかも死者以外にとっては〈無いこと〉がごとくに扱われ、死に関する何ごとも早く、安く、簡単に済ませ、この世の、今の、自分の煩悩(ボンノウ)ヘ任せた世界にどっぷりと浸ろうとしていました。
 煩悩とは好きなものごとへ走る、嫌いなものごとから遠ざかる、無関心、楽をしたい、辛いことはしたくない、なげやり、この6つです。
 そこには、自分たちを育ててくれた人やモノや世界、そして無常の川を流れて去った人やモノや世界への畏敬の念も、感謝もありません。

 平成23年3月11日、無常の鬼は最も恐ろしい形相となって現れ、そんな私たちへ喝(カツ)を入れました。
 生き残った私たちが眼を醒まさせられるためというにはあまりに無残で夥(オビタダ)しい犠牲が生じました。
 しかし、それから一年、私たちはじっと生きつつ、徐々に眼を醒まし始めました。
 平成24年3月10日、被災地で汗を流し続けたスコップ団は花火を打ち上げました。
 そのメッセージ

『天国に届いていますか』『私たちは元気です』

は、「應」を取り戻し、声なき声への畏敬と感謝を復活させた狼煙ではないでしょうか。
 被災者だけでなく、全国津々浦々からの思いが結集され、メッセージの明確な狼煙が、若者たちの力を中心として力強く上げられたことに深い感謝と安堵を覚えます。

 ナチスの収容所でこの世を去ったエティ・ヒレスムは書き残しています。  

「大切なことは、ある特定の状況からどんな犠牲を払ってでも抜け出すことではない。
 大切なのは、ある状況の中でどんなふうにふるまい、生きつづけていくかということだ」

 被災した方々、災厄へかかわった方々がふるまい、生きた結果が出つつあります。
 そこにはまぎれもなく、希望があると信じています。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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