コラム

 公開日: 2012-04-22  最終更新日: 2014-06-04

「痛みが美に変わる時 ─画家松井冬子の世界─」に想う(その3)

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈『やや軽い圧痕は交差して網状に走る』の一部〉

 NHKのカメラは『やや軽い圧痕は交差して網状に走る』の制作過程を追ってきたが、創作の最終段階で撮影を拒否された。
 完成する日の朝、カメラが再びアトリエへ入った。
 作品は最後の一刷けで口元が崩れており、松井冬子氏は最後の力を振り絞って修正を行った。
「これまで、自分の作品で満足のできるものは一つもなかった。
 それと同じで、今回も、ああ、何てものを作ってしまったんだろうという後悔がありました。
 ただ、2・3日経って冷静に観てゆくと、これで良かったんだなという部分もだんだん出てきます。
 でも、甘いかも知れませんが、壊れた具合が逆に良い方向へ転ぶこともある。
 眼のやぶにらみの感じとか、口が少しは笑っているのが良い感じになったと思います」
 この作品は、他者とかかわることで分裂し、壊れてゆく自己の姿が写し出されているという。
 ナレーションは、自分の痛みを見つめ続けた先に画家松井冬子が見出した美であると締めくくった。

 再び、上野千鶴子氏との対話になる。
「松井さんは痛みや傷を抱えて美しいものを育てておられる。
 痛みを抱えているだけでなく、技法・努力・執念・熱意を持った人が美しいものを作る。
 幸せになった松井さんがどんなものを作るか期待しています」(上野)
「良い作品ができることが私にとっての不幸せなので、それ以外、仕方がないのではないでしょうか。何かが犠牲になっても……」(松井)
「人間は不幸になるために生きているのではありません。
 たぶん、幸せになったらなったで、別な良い作品が生まれると思います」(上野)
「私も想像がつきません。先のことは」(松井)
「幸せになることをためらわないでください」(上野)
「幸せになることがあればすなおに受け入れていきたいと思います」(松井)

 最後にもう一度『くちなわ』が映り、番組は終わる。

 松井冬子氏は、自分の作品について「トラウマ性自傷系解離性被虐的ナルシシズム症候群」と言う。
 氏は暴力の被害者として出発した。
 肉体を通じた心の痛手は、言葉による表現を超えている。
 だから、肉体で表現するしかない。
 それも見てくれだけの外形でなく、裏返った肉体としての内臓や骨などをも総動員して。
 裏側の感覚をもとにして迫真の表現が行われ得たのは、やはり、氏が〈生む性〉だからだろう。
 女性は生むという行為を通じて裏側にある肉体の一部を外へ押し出す。
 これが男性にはできない。
 痛めつけられた存在は、存在そのもののすべてをかけて痛みを表す。
 存在そのものが希薄になってゆくしかない世界を示す。

 一方、幽冥界のかいま見える作品は、とてつもなく強靱な意志力と筆力によって支えられている。
 か弱さの対極にあるこの力は、氏の内面にしかない。
 怒りとして、哀しみとして。
 だから、氏は「良い作品ができることが私にとっての不幸せ」と告白するしかない。
 では、描くことそのものは不幸せか?
 そうは思えない。


〈切断された長期の実験〉

 写真家古賀絵里子氏のエピソードを思い出した。
 ネパールで山歩きをしていた夜、宿の食堂で、ロウソクの明かりをたよりに読書している少年に出会う。
「くたびれたTシャツに格子柄のマフラー姿。
 近づいて声をかけると、少年はうつむいた顔をあげ、純粋で大人びた笑みを浮かべた。
 その表情をしっと見つめていると、素朴な英語がぽつりぽつりとこぼれてきた。
『十歳で小学校をやめてから、とうさんの仕事を手伝ってるんだ。
 トレッキングの荷物運び。
 もっと学校へ行きたかったし、いっぱい友達と遊びたかった。』
 机に伏せてあるのは、表紙のない英語の教科書だった。
 それから静かに、片隅で眠る父親の在りかへ視線を落とした、少年の瞳の揺らぎ、言葉がでなかった。
 ひたすら目の前の現実を受けとめる、それだけで精いっぱいだった」(「今ここにある生」より)

 ここには、今はそれ以外ありようのない姿で確固として在るものへの畏敬の念が、余すところなく表現されている。
 境遇への同情から一歩、踏み込めば、相手への愛おしさがあふれ出そうになるが、在るという厳粛さに気圧され、「現実を受けとめる、それだけで精いっぱい」となる。
 希望を打ち砕いた父を揺らぐ瞳で静かに見ながら、運命へじっと従う少年のように、松井冬子氏は不幸せでありつつ、図抜けたアートを生み出す矛盾を生きている。
 受けた暴力に怒りが沸騰しながら、沸騰する力を繊細な技法へ凝縮するという矛盾を生きている。
 女性として圧倒的な美貌を持ちながら、トラウマを抱えた者として鋼のような拒否に身を包む矛盾を生きている。
 すべての矛盾は、ダリのようにリアルな線でシュールな世界に結晶する。


 松井冬子氏も作品も、気高い。
 とてつもなく気高い。
 心で合掌しつつ、古賀絵里子氏と同じく、何か「精いっぱい」と感じさせるものが切々とこみ上げてくるのを禁じ得ない。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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