コラム

 公開日: 2012-05-01  最終更新日: 2014-06-04

傷ついた日本人へ(その2) ─倫理の役割─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 被災地を訪れたダライ・ラマ法王が高野山で行った講演の概要が『傷ついた日本人へ』という本になりました。

2 「最近の私は、むしろ宗教より『倫理』を軸にお話ししています」

 法王は説かれました。

「自分の心を磨いたり世の中の平和を願ったりと、宗教には大きなパワーがあります。
 ですから、心から信奉できる宗教に出会えることは大変幸せなことです。
 でも、そういう宗教に出会うことができなければ『無宗教』のままでいても全く構わないでしょう」

 何ごともそうではありますが、特に宗教は〈きっかけ〉によって縁が深まる分野であると言えます。
 袋小路で呻いたり、大病で死を意識したり、手ひどい裏切りに遭ったり、あるいは宇宙飛行士のように非日常的な形で世界の別なありように接したりといった状況がいつしか、神や仏の世界の扉を開きます。
 お大師様は、そのことを説かれました。
「本有(ホンヌ)の仏性(ブッショウ)ありといえども、必ず仏の驚覚(キョウガク)を待って、いましよくこれを悟る」
(私たちは生まれながらにして〈み仏の性〉を具えているのに、自然にはなかなかそのことに気づかず、み仏のお示しがあって初めて、ああ、そうだったのか、とよく悟るものである)
 ここで説かれる〈驚覚〉体験がないと、一生のほとんどを、仏神の意識がないままに過ごして何の不思議もありません。
 だからといって、あまり不安になったり、自分を騙しながら何かを信じたふりをする必要はなく、自然体で良いのです。
 事実、特に宗教を信じていなくてもきちんとまっとうな人生を送る方は山ほどおられます。

「ただ、無宗教の方は、宗教の役割を意識的に他のもので補うべきです。
 宗教を持たないと、精神を高めたり平和を願ったりという精神的活動が疎かになりがちです。
 また、生きていくための指標や基準も見失いがち、そのままだととても貧しく寂しい人間になってしまうでしょう」
「現在の日本でも、孤独を感じたり、精神を病んだり、エゴイズムに走ったりする人が増えていると聞きました。
 これは精神活動がなおざりになってしまったことの弊害なのかも知れません」

 4月29日、NHKテレビは「職場を襲う〝新型うつ〟」を放映しました。
「今、企業にとってうつ病を中心としたメンタルヘルスの問題は緊急の課題となっている。
 特に最近、大きな注目を集めているのが「現代型うつ」とも呼ばれる、新しいタイプのうつだ」(同番組より)
 従来のうつ病と大きく異なるのは、会社意外の場所ではとても元気だったり、自己中心的な考えに偏って周囲を激しく憎悪したりして、これまでの薬による治療は困難であるとされています。

 番組を観て感じた点は二つあります。
 一つは、患者に寄り添いながら治療と現場復帰を目指す方向は模索されても、病気にならない方法はあまり探求されなかったことです。
 風邪をひいてよくわかるように治療法と予防法はまったく別ものですが、予防法にはほとんど触れられませんでした。
 もう一つは、国の教育方針や急変した家庭生活のスタイルにより、若者たちの〈大人になる〉脱皮が阻まれて来たことです。
 家庭でも学校でも〈温室〉でばかり育てようとしてきたために、子供たちは自己中心的で人間関係や周囲の状況に対応できない未熟な精神のままに青年となり、社会に出ざるを得ません。
 敗戦後60年以上経った今でも、教育の現場では宗教がタブーです。
 私たちは、食事前後に行う「いただきます」「ごちそうさまでした」の合掌という美しい風習すら学校から追い出しつつ、子供たちを育ててきました。
 町内会や子供会の活動においてまで脱宗教・反宗教が進み、法王の説かれる心の「貧しく寂しい人間」が増えたように思われます。
 海外で活動している方々の方々からお聞きすると「日本ほど神経質に社会活動から宗教を排除している異様な国は他にない」そうです。
 新型うつの登場は、まさに「精神活動がなおざりになってしまったことの弊害」なのでしょう。
 むろん、新型うつ病に罹っておられる方々を誹謗するものではなく、当山も人生相談やご加持など、できることをもって治療のお役に立ちたいと願っています。
 その一方で、新型うつ病の予防策を早急に講じないと、日本の社会は少子高齢化に加えてもう一つの難題を抱えてしまうのではないかと強く危惧しています。

 法王は、宗教的観点からは必ずしも同じ方向を向くことができなくても、誰しもが求める平和や幸福について同じ方向を向くための基準があると説かれます。

「世界の平和や幸福の探求は、世界全体で考えなくてはいけないこと。
 そのためにも異なる宗教や社会を横断するユニバーサルな基準が必要ではないでしょうか。
 私はそれこそが『倫理』だと信じています。
 宗教は観念的なものが多いのですが、倫理は常識や論理に基づいています。
 人としてなぜそうしなければいけないのか、この世界はなぜそのようなものなのか、それをきちんと説明付けることができる。
 だからこそ、世界全体・人類共通の指針となりうるのです」
「宗教の枠を超え、世界中のみなさん一人一人と一緒に、幸福や平和について考えていきたいと思っています」

 当山の寺子屋でも、仏法についてお聴きいただくだけでなく、各方面のプロとして活躍しておられる方々の生き方や見解に接することにより、皆さんと共に、視野を広く持って〈人の道〉を考えてゆきたいと願っています。
 倫理とは、この〈人の道〉を直截的につかむものではないでしょうか。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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