コラム

 公開日: 2012-05-10  最終更新日: 2014-06-04

三十七の菩薩(ボサツ)の実践(第十九回) ─称賛にも富にも驕らない─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 菩薩(ボサツ)になるための実践道、第十九回目です。
 これは、「法話と対話の会『生活と仏法』」(http://www.hourakuji.net/manabi/houwa.html)において議論するテキストの一つとなってもいます。

「称賛され、大勢の者が頭を垂れ
 毘沙門天(ビシャモンテン)の財宝と同じものを手にしても
 世間の豊かさには本質がないと見て驕らない
 それが菩薩の実践である」

 毘沙門天は甲冑(カッチュウ)を着けた北方の守護神ですが、そもそもは財宝神であり、右手に持つ宝棒で魔ものを打ちすえ、左手に持つ宝塔から無限の宝ものを生み出して私たちを潤します。
 だから、「毘沙門天の財宝」は、ありとあらゆる財宝を意味します。
 称賛され、尊敬され、尚かつ、ありとあらゆる財宝を手にしたとしても、一切を空(クウ)と観て、それらが自分自身であるなどと勘違いをしないのが菩薩道を歩む者です。
 菩薩道は修行道であり、行者は常に修行の〈過程〉にあります。
 つまり未熟者です。
 このことを忘れなければ、慢心の起こりようがありません。
 華やかな経歴を経た有馬稲子氏は80才になった今、『源氏物語』などの朗読に力を入れています。
「人の10倍、20倍はしなきゃだめ」という意識が強く、一冊の本を数百回は読まないと勘所をつかめないと言います。
 24年間で684回もの舞台を踏んだ『はなれ瞽女おりん』の芝居で得たものは、「私は非常に不器用だから相当人より勉強しなきゃだめだということ」だったそうです。

 修行を始める頃は、本当に自分の〈だめ〉なところがわかりません。
 これからやることの全部がわからないからです。
 だんだんに、やっていることはどうにかつかめて来る一方、わからない部分も見えてきます。
 それを追求して行くと、どうにもできないものが立ち塞がります。
 それらも何とか乗り越えて行く過程で、今度は、自分そのものの決定的に〈だめ〉である点が明らかになってきます。
 これは厄介です。
 しかし、一生だめなのだろうと思いつつも、途中下車はできません。
 だからといって絶望する必要はさらさらなく、お迎えが来てやり残した部分が出たならば、来世に引き嗣いで行けばよいだけのことです。
 ものの道理をもって考えれば、因果応報の原理は現世だけを貫いているはずはなく、現世を生み出した過去世でも原理であり、来世をも支配しないはずはありません。
 この世の自分が達成したことごとも、達成しなかったことごとも等しく来世の〈因〉となり、来世のどこかでそれが〈果〉を生むのは当然です。
 だから焦る必要はありません。
 ただし、怠けるわけには行きません。
 怠けもまた、現世でも来世でも、怠け心にふさわしい果をもたらすに決まっており、それは自他にとってよいことであるはずはないからです。

 そもそも、世間的な称賛は、空(クウ)を持ち出すまでもなく、三つの面から当てになりません。
 第一に、称賛は、誰かが勝手に誰かと比較して判断しているだけであり、たとえば「この縄はすばらしく長い」と言っても、より長い縄と比較した途端に「短い縄」になってしまい、絶対的に〈長い〉と確認できる縄も、絶対的に〈短い〉と確認できる縄もありはしません。
 第二に、欠点のない人はなく、称賛されているのは、たまたま成果の面にスポットが当てられているだけであり、いつ、欠点が問題を生じ、それが明るみに出るかわからないからです。
 第三に、批判や非難が生じれば、これまでの称賛などは雲散霧消してしまい、世間的評価は常に一面的であやふやなものでしかないからです。

 当てになるのは因果応報の真理であり、はっきりしているのは自分が未熟であるという事実であり、やらねばならないのは自他のための人間的向上です。
 惑わされず、ぶれず、やりましょう。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0
<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ