コラム

 公開日: 2012-06-03  最終更新日: 2014-06-04

傷ついた日本人へ(その14) ─空(クウ)の意味(その4)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 被災地を訪れたダライ・ラマ法王が高野山で行った講演の概要が『傷ついた日本人へ』という本になりました。
 それを読み解く稿の第14回目です。

 前回「──私たちは、現象を見る『俗諦(ゾクタイ)』によるだけでは苦を離れられず、空を観る『真諦(シンタイ)』によれば苦を離れられる。」と書きました。
 具体的に考えてみましょう。

 たとえば、私たちは、人を愛している時、この世はこの上なく瑞々しく、愛が永遠であることを信じます。
 しかし、男女間の愛はたやすく憎しみへと裏返ります。
 古人は「可愛さ余って憎さ百倍」と言いました。
 愛の翼で高く舞い上がれば舞い上がるほど、憎しみに沈む淵の深さは底なしになります。
 なぜか?
 愛は嘘だったのか?
 愛は所詮、幻なのか?
 それならなぜ、私たちは、神話や伝承や小説や絵画などの芸術などをもって愛の物語を紡ぎ、守り伝えてきたのか?

 それは、愛は〈俗諦における真実〉だからです。
 愛し惹かれ合う同士が固く抱き合っている時、そこに真実はあっても、実は、時々刻々と身体も心も周囲の状況も変化しています。
 私も、貴方も、愛と信じている心的はたらきも、すべては因と縁によって顕れているかりそめの現象に過ぎません。
 もしも貴方が私のアパートを出て、すぐそばの四つ角を曲がった時、何かが起こり、私以上に心を惹かれる誰かと縁が生じたとて何の不思議もないのです。
 そこに「なぜ?」という決して答の出ない疑問が起こり、たとえ自分のいのちをかけようと動かし得ない〈自分の愛への障害〉に苛まれ、喜びは嘘のように消し飛んで憎しみや悲しみや辛さが生じ、この世の終わりすら感じたりもします。
 もしも貴方が私のアパートを出て、すぐそばの四つ角を曲がった時、車にはねられるなどしていのちを失ったとて何の不思議もないのです。
 ようやくつかんだ「これで生きられる」という確信は瞬時に無となり、そこにポッカリと空いた心の穴はまるでブラックホールのように死へ誘おうとしたりします。
 こうして、信じ、まことを尽くし、仏神に何ら恥じることのない健気な希望に満ちた日々は、またたくまに夢幻となります。
 人生の真実にかけている思いが無情にも、不条理にも、自分にとって何の理由もなく踏みにじられたと感じる時、私たちは耐えがたい〈ままならなさ〉に直面します。
 これがお釈迦様の説かれた〈苦〉です。
 こうしたレベルの苦は、いかなる人生のまことをもってしても、なかなか克服できないものです。
 つまり、『俗諦』では解決できないのです。

 ここに『真諦(シンタイ)』の出番があります。
 真諦から観ればすべては空であり、何ら不変の実体がない以上、相手へ、あるいは愛へしがみついたことそのものに無理があったのです。
 真実が腑に落ちた時、初めて、苦は根本から克服されます。
 
 5月19日、利根川・江戸川水系の浄水場の水道水から水質基準値を超えるホルムアルデヒドが検出され、広い範囲で断水しました。
 やがて、ある工場の排水に原因がつきとめられました。
 私たちは普段、水道水はほぼ自動的に一定の安全性を保ちながら蛇口から供給されていると考えていますが、実は、一瞬の隙もなく各方面から管理され、〈一瞬一瞬に作られて〉提供されているのです。
 事件により、このことを実感された方も多かったのではないでしょうか。
 昨日、蛇口から流れ出した水と今日、蛇口から流れ出している水は、水質は限りなく似通っていても、全く別ものです。
 昨日は、昨日作られた水を飲み、今日は、今日作られた水を飲んでいるのです。

 同じように、昨日あった愛が、〈不変だから今日もある〉のではありません。
 今日の愛は、今日の自分の心に湧いている感情です。
 前回、学んだ人間を成り立たせている要素で言えば、感情を司る「想蘊(ソウウン)」が今日も昨日と似た感情をもたらしていることを、勝手に〈昨日の愛が続いている〉と錯覚しているだけなのです。
 そして、今日も、二人の心が昨日と同じような状態を保てる因縁に恵まれ、諸条件が整っていればこそ、瞳の輝きを交差させつつ抱擁し合えるのです。
 自分の熱い思いや会う時間を守る自分の誠意などは、あくまでも諸条件の一部に過ぎず、相手の心や行動、あるいは二人の周囲に起こるできごとなど、無限とも言えるさまざまな可能性がデートの成立へ収斂してこそ、二人は約束通りに会えます。
 相手の心変わり、不意の病気、交通機関の事故など、可能性のたった一つが約束を果たさせない方向へ転べば、デートは儚くおじゃんになってしまいます。
 このように、昨日と同じ場所で同じ時刻にデートするにしても、水道水と同じく、昨日のデートがそのまま繰り返されているのではなく、〈今日のデート〉が二人の心と周囲の支えとによって新たに成立していることを認識せなばなりません。

 愛を大切にすることと、愛へしがみつくことは全く別です。
 愛は心の宝ものとして守りましょう。
 しかし、空(クウ)でないものはありません。
 だから愛が確保できている時は感謝し、失われた時は、知覚である「受蘊(ジュウン)」や感情である「想蘊(ソウウン)」だけでなく、思考である「識蘊(シキウン)」や意志である「行蘊(ギョウウン)」なども総動員して空の理を見つめ、心に吹き荒れる暴風雨の鎮まる時を待ちましょう。
 これが、「空を観る『真諦(シンタイ)』によれば苦を離れられる」という意味です。
 ダライ・ラマ法王は説かれました。

「自らを苦しめる感情が減れば、心の平和につながるはずです。
 これこそが『空』を理解しなくてはいけない理由なのです」

 しかし、空を頭で知るだけでなく、全身全霊でつかもうとすれば簡単ではありません。
 だからこそ、仏教は2500年もの長きにわたって道理による真理の探究と、つかんだ真理の体得方法の探求を続け、発展深化してきました。
 この流れを何としても次代へ引き継がねばなりません。
 また、チベットという当代最高レベルの仏教国が滅亡の危機に瀕していることに手をこまねいてはいられないのです。
 5月27日にはラサで弾圧に抗議した僧侶2人が焼身自殺をはかり、1人は死亡、1人は重体と伝えられています。
 5月31日にはザムタンで9才の息子、7才の娘、5才の娘を育てていた女性リキョ氏(33才)が焼身自殺を行いました。
 女性の件が日本ではほとんど報道されておらず、不思議でなりません。


〈リキョ氏が燃えている現場です(3ee3870d[1]をお借りして加工しました)〉

 自分のいのちを捨てて精神の圧殺に抗議することの重さを、私たちはどれほど〈我がこと〉として受けとめられるでしょうか。
 もしも、日本でこのような事態が続いたならどうでしょうか?
 それも、抗議方法が自殺ではなく爆弾テロだったならどうでしょうか?
 想像してみるだけでも身震いする思いです。
 人類の叡智が伝えられるありがたさ、叡智が葬り去られようとしている恐怖。
 前回学んだ「五蘊(ゴウン)」をかけて受けとめ、よくよく考えたいものです。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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