コラム

 公開日: 2012-06-07  最終更新日: 2014-06-04

『自分の感受性くらい』『寄りかからず』 ─檀家や戒名の問題についてご相談を受ける時─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




(「みやぎ四国八十八か所巡り道場」は着々と進んでいます)

 最近、また、檀家というものへの疑問、あるいは檀家から抜ける方法、また、戒名への疑問、あるいは戒名の意味を知らない不安、こうした問題に関する人生相談が増えています。
 ご相談に来られる方々はどなたも、自分で持っている判断材料だけでは決断ができず、そうかといって、いいかげんに思考停止へも逃げず、誠実です。
 中身について納得できる説明のないままに慣習だけで何かをせねばならない不合理、それも結構な金額になる出費をともなう事実上の義務に根本的な疑問を抱かれる方々は誠実です。
 流行の過激な意見に流されず、新聞などの統計にオタオタせず、伝統文化の意義をきちんと検証・理解した上で安心の道を探ろうとする方々は誠実です。
 こうした方々の誠実さへ、私たち祈りのプロは、それに負けない誠実さをもってお応えせねばなりません。

 人生相談という一期一会の真剣勝負に臨む時、ふっと念頭をよぎる二篇の詩があります。
 一篇は、故茨木のり子の『自分の感受性くらい』です。

「ばさばさに乾いてゆく心を
 ひとのせいにはするな
 みずから水やりを怠っていて

 気難しくなってきたのを
 友人のせいsにはするな
 しなやかさを失ったのはどちらなのか

 苛立つのを
 近親のせいにはするな
 なにもかも下手だったのはわたくし

 初心消えかかるのを
 暮らしのせいにはするな
 そもそもがひよわな志にすぎなかった

 駄目なことの一切を
 次代のせいにはするな
 わずかに光る尊厳の放棄

 自分の感受性くらい
 自分で守れ
 ばかものよ」

 夫に先立たれ、50才を過ぎて独り暮らしになった詩人は自分を叱咤激励します。
 心が乾く。
 気難しくなる。
 苛立つ。
 初心が消えかかる。
 抗しきれぬほど駄目なことがある。
 起こってくるこうした状態を自分で主体的に引き受けられず、あるいはそれに流されて克服できないのは、詩人のいのちである感受性が枯渇しかかっているせいであると認識し、「このばかものめが!」と自分を叱りつけています。
 私も、自分の修法は大丈夫か、惰性に流されてはいないか、と自分をチェックする思いで袈裟衣を身に着けます。 

 もう一篇も、やはり茨木のり子氏の『倚りかからず』です。

「もはや
 できあいの思想には倚りかかりたくない 
 もはや
 できあいの宗教には倚りかかりたくない
 もはや
 できあいの学問には倚りかかりたくない
 もはや
 いかなる権威にも倚りかかりたくない
 ながく生きて
 心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目
 じぶんの二本足のみで立っていて
 なに不都合のことやある
 倚りかかるとすれば
 それは
 椅子の背もたれだけ」

 73才の詩人は、自分の耳目で確認できる世界にいて、自分の二本足で立っていれば、あとは何も確かなことはない、もし、心身をまかせる瞬間があるとすれば、せいぜいがイスの背もたれであると達観しています。
 宗教者としての私も、「できあいの宗教」に「倚りかかって」はいられません。
 昨日も、「自分は宗教は不要であると思っています。これまで宗教によって救われた人数と宗教によって殺された人数を考えてみてください」と厳しく迫る方を含む現場でお話をさせていただくありがたくも貴重な体験をしました。
 こうした現場で役に立つのは、血肉になったものでしかありません。 
 真の帰依(キエ)は決して「倚りかかり」ではなく、「じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立って」いながら、み仏と一体になって力とし、み仏の教えと法力をもって歩む不断の修行です。
 詩人と同じく、こうした日々には「なに不都合のことやある」です。
 そして、私にとっての何よりの「背もたれ」は、善男善女の安心や喜びのご様子です。
 今日も「ばかものよ」と叱咤し、「なに不都合のことやある」と歩みます。
 皆さんの誠実な疑問へ誠実にお応えする方法はここにしかないと思っています。





※ようやく冊子『「脱檀家」宣言』(A5版299ページ)と『戒名の真実』(A5版187ページ)を増刷しました。
 ブログへ書いた現場での思いの断片集です。
 檀家や戒名についての真実を知りたい方は、どうぞ郵送をお申し出ください。
(ご志納金の目安は1000円です。手元不如意の方へもお送りしますので、ご遠慮なく)

※住職の秘書兼事務員のような形でお手伝いいただける方があれば、9時から17時までの間にご一報ください。
 当山の姿勢に共感し、パソコンが使え運転できる40才~50才くらいの健康で口が堅い女性なら、それほど難しい仕事ではありません。
(この件は住職の専権事項なので、住職以外の関係者へは勤務条件など一切お問い合わせをされませんよう。必ず事前に日時をお約束の上、履歴書を持参しておでかけください)



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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