コラム

 公開日: 2012-06-13  最終更新日: 2014-06-04

三十七の菩薩(ボサツ)の実践(第二十一回) ─欲を制御する─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈仏法を守護する招福の雷神様〉

 菩薩(ボサツ)になるための実践道、第二十一回目です。
 これは、「法話と対話の会『生活と仏法』」(http://www.hourakuji.net/manabi/houwa.html)において議論するテキストの一つとなってもいます。

「欲望の特性というのは塩水を飲めば飲むほど渇くのと似て
 どんなに満足してもさらに貪りたくなる
 欲望が起きた対象はいかなるものでもすぐに捨てる
 それが菩薩(ボサツ)の実践である」

 仏教と聞けば「欲」を連想するほど、仏法において欲は大きなテーマです。
 なぜなら、生命力の発露である欲によって瞬間瞬間を生きる私たちの根本的ありようと、私たちの苦しみは欲によってもたらされることのかかわりをどう調整するかが人生上の根本的問題だからです。
 いかにすれば、活き活きと生きながらなお且つ、根源的苦しみを離れることができるか──。
 仏法の歴史はこの問題との格闘の歴史でもあります。

 私たちに備わっている目は色や形をとらえ、耳は音を聞き、鼻は匂いを嗅ぎ、舌は味を味わい、皮膚は感触を確かめます。
 そうして感受する対象はすべて欲望をかき立てます。
 佳きものに惹かれ、嫌なものを厭う好悪の意識は、必ず〈その先〉を求めます。
 佳きものは限りなく我がものにしたい、嫌なものはなくなって欲しい、自分がいずれとも感じないものには関知したくない。
 これが欲望の姿です。
 若者語の「うざい」や「きもい」などは「うるさい」や「気持ち悪い」よりも明らかに嫌悪や憎悪、果ては隔離や破壊などの要素がむき出しになっており、欲望が無限解放をめざしている時代を象徴しています。

 発生する欲望は自動的に止まりません。
 佳いと感じるものは、どこまでも欲しくなる。
 たとえば街角で見かけたよその奥さんに好意を感じれば、話をしたくなり、セックスをしたくなり、夫から奪い取りたくなり、ついには自他の家庭を破壊するなどのできごとは、日常茶飯事です。
 嫌なものには我慢ができず、どこまでも排除したくなる。
 たとえばきつく叱られた上司が憎くなれば、無視したり、邪魔したり、ケンカしたり、殺したくなったり、ついには暴力事件を起こしたりもします。
 仏教は、こうした様子を「塩水を飲めば飲むほど渇く」ことに例えます。
 
 見たり聞いたりするといったところから、こうしたところへと導くものは何か?
 それが執着心です。
 よその奥さんが目に入る、佳いと思う、そこに執着心がはたらいて〈その先〉を求めてしまうのです。
 上司の叱る様子が見え、聞こえ、内容がわかって縮む、そこに執着心がはたらいて〈その先〉を求めてしまうのです。
 前記した「うざい」や「きもい」にはすでに、執着心も〈その先〉も含まれている気配があります。

 執着心はどこから来るか?
 無明(ムミョウ)から来ます。
 無明とは、見聞きするものの本質的なありよう、すなわち空(クウ)に気づかぬ無知であり、本質的な智慧の〈明かり〉が〈無い〉ことを意味します。
 奥さんも上司も自分も、骨格や呼吸など諸条件がたまたまうまく組み合わさっているために人間として生きているに過ぎません。
 たとえ通り魔にやられなくても、お互い、一瞬後にこの世を去ったとしても何の不思議もない、ガラスのように脆い存在です。
 それなのに、好きな奥さんと永遠に一緒にいたい、嫌いな上司はいっそのことこの世から葬り忘れてしまいたい、自分の好き嫌いの感情を我慢したくない、という気まま勝手な願いを持つ。
 実に、空から離れるとは恐ろしいことであり、そこからあらゆる苦しみが発生することはまちがいありません。
 般若心経が大乗仏教に欠かせない経典となっているのは、空を端的に説いているからです。

 冒頭で「欲望が起きた対象はいかなるものでもすぐに捨てる」と説くとおり、見聞きするものに好悪を感じたり、あるいは善悪を感じたりするのがいけないのではありません。
 空と観て「捨てる」心になり、執着心を発生させないことが重要なのです。
 好悪も善悪も、人間が生き、社会生活をする上で欠かせません。
 それらを一切なくして阿呆のようになることなど、理想であるはずはありません。

 み仏の智慧により無明を脱して執着心を離れ、慈悲心をもって見聞きするものに対応できるようになりましょう。
 そうすれば、欲は自他を生かす大欲(タイヨク)となり、自他のいのちと心の花が爛漫と咲くことでしょう。

 


 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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