コラム

 公開日: 2012-06-15  最終更新日: 2014-06-04

東日本大震災 ─東北関東大震災・被災の記(第107回)─落とし文(その3)

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






「岩沼民話の会・語りっこ岩沼」が作られた大震災の聴き記し「おとしふみ 第三」集」からご紹介します。

○ときえの微笑み

「あの時以来、ひたっと乳がでなくなって
 ときえはいつも泣いていた。
 消防団の一人として出て行ったきり帰ってこない夫、
 ときえの父ちゃん。
『ときえと一緒に父ちゃんどこさ行ぐがわ』
 何度言ったことか。
 いつだったか忘れてしまったけど、
 ひいひい泣くときえをだっこして
『泣ぐなったら泣ぐな、おらも泣きだくなるっちゃ』
 ゆすりながら語った時、
 ときえは泣きやんで。目にいっぱい涙をためて私の目をみた。
 そして にこっと微笑んだ。
 ときえの頬に私の頬を合わせてしっかりと抱きしめた。
 その時、私の胸の奥から突き上げてくるものを感じた。
 ─乳首から乳がふき出してきた─
 何日かぶりで
 ときえは喉を鳴らして乳を飲む。
『ときえと一緒に生きて行ぐべな』
 ─私は生きる力をときえの微笑みからもらった─」

 まさにエンジェル・スマイルです。
 この用語は生後3カ月前後の赤ん坊が見せる相手を選ばない微笑みのことですが、その時期を過ぎていろいろ難しくなってきても、やはり、ときおり見せる赤ん坊や幼児の微笑みには、目にする者の心にまといつく強張ったものや沈ませようとしているものを忘れさせる力があります。
 乳が出なくなるほど激しいショックの後遺症を母親から取り除く力──。
 それは、はかり知れません。

 作家吉野せいは、小説『梨花』において、生後8か月でこの世を去った次女の生前をこう書きました。

「梨花とは父親が名づけたよく似合う名前であった。
 お前のその静かさとやわらかい笑みとは、いつも生活苦のために苛立ちあれている私の心をなごませてくれた。
 お前を見る時のみ私の顔はしわみ、私の声はうるおうた。
『リーコ、リーコ、よしよし』ひびと土とにがさがさな私の手は、重いお前のからだをどんなにか嬉しく支えたことか。
 そしてその支えられた手の上で、垢によごれた綿入れの中からふっくりした白い顔を出して、お前はどんなに可愛い微笑みを見せたことか。」

 微笑みは荒れ地を耕しながら土に生きる女性の力であり、救いでした。
 吉野せいは、それを失ってなお、土に生き、75才のなってこの作品を書き上げました。

 ときえの母ちゃんは、ときえと一緒に、亡くなったに違いない父ちゃんの元へ行こうとする時もありました。
 しかし、そもそも、行けるのか?

 作家岸本英夫は10年間、ガンと闘い、61才で旅立つ前年に遺稿を書いています。

「生死観を語る場合には二つの立場がある。
 第一の場合は生死観を語るにあたって、自分自身にとっての問題はしばらく別として、人間一般の死の問題について考えようとする立場である。」
「もっと切実な緊迫したもう一つの立場がある。
 それは、自分自身の心が、生命飢餓状態におかれている場合の生死観である。
 腹の底から突きあげてくるような生命に対する執着や、心臓まで凍らせてしまうかと思われる死の脅威におびやかされて、いてもたってもいられない状態に置かれた場合の生死観である。
 ギリギリの死の巌頭にたって、必死でつかもうとする自分の生死観である。」
「生命の危険の場合におかれても、それを超えて生き続ける望みのある場合には、人間はその希望の方に重点をおいて、それを頼りにするので、生命飢餓感は、本格的には起こってこない。
 それが起こってくるのには、生存の見通しが絶望にならなければならない。」
「生命飢餓状態になった場合には、死との闘いは、もはや、単に観念的のものではない。
 死の恐怖は、人間の生理心理的構造のあらゆる場所に、細胞の一つ一つにまで、しみわたる。
 生命に対する執着は、藁の一筋にさえすがって、それによって迫ってくる死に抵抗しようとする。」
「生命飢餓状態におかれれば、人間は、どんな苦しみの下におかれても、生きていたいと思う。
 人間は、この状態では、いつでも、もっと生きていたいのである。」

 ときえに「ひいひい」泣かれ、乳の出ない母ちゃんは、〈どうしようもない〉と何度も思ったことでしょう。
 辛くて胸が苦しく、わけがわからなくなりかけたこともあったことでしょう。
 いっそのこと二人して楽になりたいと思ったこともあったでしょう。
 そうした心の激流の中で、岸本英夫の言う絶望が何度も見え隠れしたことでしょう。
 もう生きられないと諦めかけながらも、やはり、生きていたいという方向へ揺りもどされ、母ちゃんはがんばりました。
 母ちゃんは生き延び、「胸の奥から突き上げてくるものを感じ」られる時がやってきました。
 それは、時には死へ誘いつつも、〈居る〉ことによって支えとなっているときえの存在があればこそでした。
『ときえと一緒に生きて行ぐべな』
 泣きつ、もがきつ、ここにたどりついた母ちゃんはこの先、何があっても、絶望せず、乗り越えて行かれることでしょう。
 そうあっていただきたいと、心から願わずにはいられません。

 あとがきです。

「『おとしふみ(二)』で被災者のつぶやきを特集いたしました。
 読んでいただいた方々から共感のおことばをたくさんいただきました。
『おとしふみ(三)』は『被災者 新生の足音』という表題で未来にかける希望や覚悟を拾い集めてみました。
 被災者の方からこぞって『ボランティアの方たちから大きな力をいただいた』と感謝の声がたくさん集まりました。
 目立たないところで淡々と身を粉にして働いた縁の下の力持ち方たちのことも忘れられません。
 私達は被災者の方々の側に立ち、今回の震災について考えてまいりました。
 本当に大変な仕事でしたが、たくさんの事を学びました。
『おとしふみ』は三部で完結いたしますが、いろいろとアドバイスをして下さった方々、資料を提供してくださった方々に感謝申し上げます。
 最後に、この震災で亡くなられた方々に対し御冥福をお祈り申し上げます。
 そして被災された方たちの幸せを願いつつ筆を置きます。
 2012年5月20日 岩沼民話の会『語りっこいわぬま』」



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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