コラム

 公開日: 2012-06-24  最終更新日: 2014-06-04

「なぜ?」と問いましょう 宗教と科学の共通点─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 私は最近、法話の方法として、まずテーマを提示し、それから「なぜでしょうか?」「何でしょうか?」と一言はさんでお聴きくださる皆さんの頭にあるいつもとは異なる思考回路を開いていただき、それはこうなのです、と信念を述べるようにしています。
 語る私自身が、その一瞬をスタートとし、皆さんと共にあらためて考えなおしつつ言葉を紡ぐのです。
 こうするようになったのは、自分自信の愚かさにだんだん深く気づくようになったからです。
 自分の血肉になっている言葉をお伝えする以上の誠意の示しようはなく、そうすれば、まじめに耳を傾けてくださる善男善女にお許しいただけるのではなかろうかと思えるからです。
 真剣勝負である法話において、「なぜ?」と発する瞬間は、相手の間合いへ飛び込んでいます。
 ──生きるか死ぬか……。
 決して後戻りはできません。

「修法の最初に、『おーん』と始まる声明を唱えます。
 皆さんから、
『まるで音楽を聴いているようでした』
『何か次元の違うところへ引き込まるような気がしました』
『あの瞬間から雰囲気がすっかり変わりました』
などと言われ、あれは何ですかというご質問もたびたびあります。
 おわかりの方はおられますか?
 どうやら皆さん、心で首を横に降っておられるようですね。
 あれは、み仏方をお讃えし、この場をみ仏の光で満たすためのご挨拶なのです。
 あらゆるみ仏の根本となり総体でもある方を大日如来とお呼びしますが、その徳を司る方四方におられ、それらの徳が声に応じて目に見えぬ光となり、東・南・西・北と順にこの場を照らしてくださるのです。
 だから、その先の修法はすべて、光の中で行われます。
 魔ものを寄せつけぬ結界が張られ、そこがお慈悲の光で満たされるのですから、修法の場は皆さんが感じられるとおり異次元なのです。
 今度、修法の場に入られる時は、このことを頭の隅に置いてお座りになられれば、一段とありがたみが増すのではないでしょうか」

 こんな短いお話でも真剣勝負です。
 そうした真実をふまえていなければ嘘になるからです。

 お聴きになられる皆さんにも「なぜ?」「何?」などを心に抱いていただきたいと切に願っています。
 そうすれば、短かな言葉でも「そうか」「そうだよな」と心をステップアップさせる鍵になるかも知れないからです。
 あるいは、「それはおかしい」「私ならこう思う」などとご自身の考えを深めるきっかけになるかも知れないからです。

 私は故日高敏隆氏の「『なぜ』をあたため続けよう」に記されたエピソードが忘れられません。
 動物行動学という分野を切り開いた氏は、生きものたちに接する現場から「なぜ?」が発せられ、さらに現場体験を重ねることで「なぜ?」が解消されてゆくやり方について、こう書き記しています。

「東大の理学部に入って、その話をすると、『なぜ』と問うてはいけないと言われた。
 なぜいけないのですかと聞き返したら、『なぜ』を問うことはカミサマが出てくる話になってしまう。
 HOW(どのように)は聞いてよいが、WHY(なぜ)を聞いてはいけないといわれ、そのことを疑問に思った」
「科学を志す人には、なぜということしかない。
 おおいに『なぜ』に取り組めばいい。
 自分の『なぜ』を大切にあたため続ければいいと思う」

 オウム真理教事件をずっと変わらぬ真摯な姿勢で見つめ続けてこられたジャーナリスト江川紹子氏は、今も「オウムとは何だったのか」と問います。
 氏は、6月22日付の産経新聞でこう述べます。

「オウム事件がなぜ起きたのか。
 それを一言でいうのは難しい。
 ただ、この得意な事件を起こした信者らは、はじめは『ごく普通の人たち』だったことを伝えておかなければならない」
「人間は弱い。
 恐怖や不安につけこまれ、誰もがまっとうな思考を保っていけるかといえば、私はそんなことはないと思う。
 いまは景気も低迷し、不安を抱える人が多い。
 原発事故で、放射能が怖い気持につけ込む『似非(エセ)科学』のようなものまで出てきている。
 当時以上の危うさを感じる。
 同じ轍(テツ)を踏んではならない。」

 氏の言う「ごく普通の人たち」は、きっと、人生を根本から問いつつ入信したのに、どこかで「なぜ」を失ったのではないでしょうか。
 個が主体性を失う時、個も集団も危うくなります。
 真の宗教は、決して個を失わせるものではなく、それぞれをかけがえのない個として輝かせるものです。
 チベットの惨状を描いた名作『チベット チベット』などを観てもわかるとおり、行者たちは互いに厳しい問答を行います。
 瞑想的修行と共に、自由な思考的訓練もギリギリまで行われます。
 最近、かいま見る中国当局のチェックをくぐった観光用の問答光景にはもはや、訓練の緊迫感がありません。
 本ものが禁止され、さらし者のように偽ものを行わせられつつ生きている行者たちの苦悩・苦衷は想像を絶します。

 宗教も、科学も、「なぜ」を問い続けます。
 問われてこそ、真実はその姿を顕します。
 問い続けましょう。


 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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