コラム

 公開日: 2012-07-11  最終更新日: 2014-06-04

三十七の菩薩(ボサツ)の実践(第二十三回) ─苦しみも寂しさも怒りも乗りこえ、楽しみや喜びは感謝となるよう─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈津波でご家族を失われた書家高橋香温先生の書を加工しました〉

 菩薩(ボサツ)になるための実践道、第二十三回目です。
 これは、「法話と対話の会『生活と仏法』」(http://www.hourakuji.net/manabi/houwa.html)において議論するテキストの一つとなってもいます。

「意識がとらえる喜びの対象は
 夏の盛りの虹の色彩のごとくに
 美しい現象であっても実体のないものとして執着を捨てる
 それが菩薩(ボサツ)の実践である」

 私たちは、ありとあらゆるものが直接的な原因である「因」と、間接的な原因である「縁」によって成り立っていることを知っています。
 花は、種に水や養分や光や適度な温度が加わることによって育ち、美しく開きますが、明日には萎れ、明後日には枯れてしまうかも知れません。
 セミは数年間も地下でいのちをつなぎ、やっと地上へ出れば、わずか数日の間、激しく哀しく鳴き続けて地上での役割を終えます。
 花も、セミも、〈かりそめに在る〉だけであって、美しい花も、哀しいセミも、そう感じる心の対象としてずっと在り続けることはできません。
 そのことが「夏の盛りの虹の色彩」と例えられています。
 真夏の空にかかった七色の虹は、じっと眺めているうちに、渡ることを夢想させたりします。

 ところで、70年以上も歌い継がれている『虹の彼方に』という名曲があります。
 最近、内容を詳しく知りたくなって佳い和訳を探したところ、(http://alohayou.com/2008/10/somewhere_over_the_rainbow/)を発見しました。

「虹のどこか、彼方
 上のほう
 夢にまでみた世界
 子守歌の中で耳にしたような
 虹のどこか、彼方
 青い鳥たちが飛んでゆく
 あなたが夢にまでみた
 夢が叶うのです
 星に願いをかけると
 雲の上で目が覚めます
 レモン飴のように不安が消えていきます
 煙突のてっぺんで、私を見つけるでしょう
 虹のどこか彼方へ、青い鳥が飛んでゆく
 あなたが夢見ることが、叶う場所
 緑の木々を眺めます
 赤い薔薇も一緒に
 みんなの為に咲く花を見ることができます
 私は思うのです
 なんて素敵な世界なんでしょう
 青い空、白い雲を眺めます
 輝く日の光の中
 そして暗い夜も好きです、そして思うのです
 なんて素敵な世界なんでしょう
 七色の虹が浮かぶ素敵な空
 人々の笑顔も虹のように素敵
 『こんにちわ』とにこやかに
 それは、つまり『I love you』って意味なんだ
 泣いていた赤ん坊が、大きくなっていく
 そこから、たくさんのこと学び
 知ることができます
 私は思うのです
 なんて素敵な世界なんでしょう
 いつか、星に願いをかけると
 雲の上で目が覚めます
 レモン飴のように不安が消えていきます
 煙突のてっぺんで、私を見つけるでしょう
 虹のどこか、彼方、上の場所
 あなたが夢見ることが、叶う場所」

 そもそもはミュージカル映画『オズの魔法使』用に作られたものですが、2001年にアメリカで行われた「20世紀の名曲」選考では第一位となりました。
 全体を和訳してみると、その理由がわかります。
 私たちは虹の橋を登れませんが、虹の橋に思いを込めることはできます。
 夢想と知っていながら、いや、夢想であればこそ、そこに心が解放され、希望が保たれ、明日への力も湧いてきます。

 私たちが空(クウ)を知り、空を体得する意義はまさに、ここにあります。
 決して「すべては虚しい」と厭世観(エンセイカン…世を儚いと思い込み過ぎて、世を捨てたくなるような考え方)に浸ることが目的ではありません。
 美しい花を見つけて、美しさのあまり、取ってきて家に置こうとするのではなく、美しさに我を忘れている時間をすんなりとやり過ごし、佳き印象を心のどこかに残したまま帰宅するような生き方を求めようとしているのです。
 執着し、我がものにしようと思い、自分の都合で相手にとって最も良い状態を破壊するような煩悩(ボンノウ)を徐々に消して行こうとしているのです。

 この世には、苦しみも怒りもありますが、楽しみも喜びもあります。
 そうした心模様を生じさせる対象にしがみつけば、執着心によって膨らんだ喜びは、「もっともっと」と我(ガ)を強め、執着心によって膨らんだ怒りは、対象への攻撃によってますます我(ガ)を強めます。
 この世を〈ままならない苦界〉にさせている根本的な原因は、このように、自分を実体視し、周囲を実体視し、何があっても我(ガ)を強めてしまう錯覚、つまり、無明(ムミョウ)にあります。
 無明とは智慧の明かりが無い状態であり、智慧とは空を知り、空を生きる心のはたらきです。

 空であると正しく観ることによって、対象の本性が観えます。
 美しい花の本性、鳴くセミの本性がつかめます。
 苦しみも寂しさも怒りも乗りこえられ、楽しみや喜びは感謝をもたらします。
 これが智慧に導かれた真実の生き方です。
 お釈迦様は説かれました。

「ハチが花にすがり、蜜をもらっても、決して花の姿を乱さないことに学びつつ修行せよ」



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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