コラム

 公開日: 2012-08-05  最終更新日: 2014-06-04

子や孫のためにふり返っておきたい(その7) ─良書を選べ─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈共同墓『法楽の礎』壇上で定印を結ぶ大日如来様〉

8 「り」 良書を選べ
 書物は友人だ。
 立志奮闘(リッシフントウ)の少年は良い書物を選んで親友とせよ。
 雑誌、書籍、到る所に良い物と悪い物とがある。
 常に良書を読んで向上しよう。

 ここには、とりわけ、忘れてならない言葉があります。
「書物は友人だ」
 書物は友人です。
 良い書物ならば決して読み手を裏切らず、おりにふれて心へ新たな光をもたらします。
 時と共に友情は熟し、書物は永遠に活動する人生の同伴者となります。

 東日本大震災であまりにも膨大な絆が断ち切られたために、誰しもが絆を求め、絆がなければ即、人間は不安にとり憑かれるという観念が氾濫しています。
 だから若者は、手っ取り早く、しかも膨大な可能性があると考えられるネット上に相手を探し、携帯電話を手放さず、朝から晩まで友情の確認に夢中です。
 しかし、その結果はどうでしょうか?
 鴨長明が『方丈記』の冒頭でこう指摘したことが思い出される方は少なくないことでしょう。
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
 よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
 世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」
 今から約800年から850年ほど前、彼は、仏教の説く無常をありありと眺め、つぶさに書き記しました。
 その目がいかなるものであるかは、この冒頭で明らかです。

 人間のありようも、家や山など現象世界のありようも、等しく無常です。
 すべては、ふと生じ、あるかと思う間に消える水の泡のようなものです。
 だから、人間関係も、そこに生まれる友情も、この宿命からは逃れられません。
 当山では、瞑想するおりに、定印(ジョウイン)と言われる胎蔵界(タイゾウカイ)大日如来の印を結びます。
 定(ジョウ)つまり瞑想状態に入るための印です。
 この時、両手の親指は、くっついているか離れているか、はっきりとは認識できない形になっていなければなりません。
 人間関係とは本来、こうしたものではないでしょうか?
 自分はあの人との間に絆があると思っていても、いちいち、相手へ確かめようもなく、どちらかの心にまっすぐ相手へ向かえない変化が生じれば、その瞬間から絆のありようは変化します。
 それはお互いにそうなのであり、いつ、なぜ、そうなったかと詮索や詰問をしてみても、多くの場合は後の祭です。
 手から滑り落ちたガラスのコップは、元通りにはなりません。

 もちろん、書物も燃えれば灰になります。
 しかし、読んで脳へ刻み込まれた内容は、決して消えません。
 不思議なもので、文章のほとんどは忘れていても印象が残っており、その印象に光が当たるようなできごとによって書物は忘却の彼方からよみがえります。
 前の方に書いた鴨長明の一文は今回、文章そのものとして思い出されましたが、多くの場合は、本が置いてある場所や、本の装丁や、手触りなどの記憶も伴って「あっ、あそこに何かあったはずだが……」という形で探し、ページをめくっているうちに、懐かしい文章に突き当たり、「やっぱりそうだった」と静かな喜悦が興ります。
 喜悦を伴った再会は書物との友情を確かに深めます。
 少なくとも私の場合は、手元に残しておいた書物に裏切られた体験がありません。
 ほとんどの書物は、理解し尽くせない部分を持っています。
 言い方を変えれば、理解し尽くせない魅力があるものだけが手元に残ります。
 再会は、それを解決する場合もあり、さらに考えさせられる場合もあります。

 書物の言葉は、血の通った人間のように聴覚へはたらきかけなくても、一字一句として魂へ響きます。
 こちらからの「そうだろうか?」という問いへは、すぐに声で答えなくても、ある時、天啓のように直接、脳へ答を降ろしてくれたりします。
 明らかに書物(特に、紙の書籍)は、相手を間違えさえしなければ、ずっと〈あてになる友人〉です。
「書物は友人だ」が腑に落ちれば、追い立てられるような儚い絆探しに奔走したり、不要な不安にかられたりしなくなるのではないでしょうか。

 もしも、書物を傍(カタワ)らに独人(ヒトリ)で逝った方がおられた場合、一体誰にその不幸や社会的問題を云々する資格がありましょうか。
 良い書物は、生きて行く上でのさまざまな覚悟をもたらすだけでなく、死への覚悟をも、もたらします。
 読書は賢者をつくる大きな要素の一つに挙げられそうです。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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