コラム

 公開日: 2012-08-08  最終更新日: 2014-06-04

映画『黒い雨』を観ました ─広島と長崎の惨禍を忘れず、戦争と原爆をなくすために─(その1)

 こんばんわ。
 思いあまって、夜間の記述となりました。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 勉強会「生活と仏法」で今村昌平監督の『黒い雨』を題材にしました。
 井伏鱒二の小説『黒い雨』をベースにし、平成元年に封切られたこの作品は、広島に原爆が落とされてから生き延びた一家の〈その後〉を丹念に綴っています。
 主人公高丸矢須子を演じた故田中好子は第13回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞に輝き、作品も監督も出演者たちも数々の受賞と相成りました。

 映画は昭和20年8月6日、落下傘によって広島へ落とされた原爆によって阿鼻叫喚(アビキョウカン)の地獄と化した市街地を克明に再現するところから始まります。
 被曝した閑間重松(北村和夫)と閑間シゲ子(市原悦子)夫婦は、瀬戸内海を渡っていて黒い雨を浴びた姪の高丸矢須子と共に、重松の母がいる福山市小畠村へ疎開します。
 原爆は通称ピカ(ピカドンの略)と言われ、村では、ピカにやられた人たちが後遺症に効くと信じられた鯉の養殖を行い、アロエをかじったり貼ったりもしつつ生き延びています。

 結婚適齢期の矢須子は、黒い雨に当たったばかりに、持ち込まれる縁談が次々と壊れます。
 重松の友人たちは相次いで、苦しみながら亡くなります。
「アメリカはなんで原爆落としよったんじゃ。
 ほっといても日本の負けは決まっとるのに。」
「なんでかの。
 戦争をはよう終わらせる為じゃった言うとるがの。」
「ほんだらなんで東京をやらんかったんじゃろ。
 なんで広島なんじゃろか。」
「ようわからんのう。」
「なんじゃようわからんじゃ死にきれんのう。
 このまま死ぬるんはかなわんで……」
 
 やがて矢須子にも症状が出始めた頃、幼なじみの岡崎屋悠一(石田圭祐)と心を通わせ合うようになります。
 戦地で爆弾を抱え戦車へ突っこむ役割だった悠一は、とっくに戦争は終わったというのに、車やバイクのエンジン音を聞くと人が変わります。
 バスであれ何であれエンジン音を出す相手を戦車と信じ、棒と枕を抱えて家を飛び出さないではいられません。
 棒は銃剣、枕は爆弾です。
 そして急停車させた車の下へ枕と共にもぐりこんで任務完了となり、ようやく一息つくのです。
 いったん走り出したなら、その勢いは誰にも止められません。
 
 毎日コツコツと石仏を彫る悠一は、矢須子の被曝者として偽りのない言葉を聴き、結婚を諦めた矢須子は、悠一が語るエンジン音に触発される狂気に寄り添います。
 ある日、二人で歩いていたところへ車が通りかかり、いつも通り悠一の発作が起こります。
 しかし、すでに身体が弱っていた矢須子は抱きついて必死に止めます。
 車は通りすぎ、悠一は狂気が去ったのを知りました。

 やがて矢須子は重体に陥りますが、もはや病院へ連れて行けるのは悠一しかいません。
 重松は弱り、シゲ子も倒れ、年老いた母親は惚けています。
 病院へ向かう車が山の陰へと消えて行くのを見送りながら、重松はつぶやきます。
「今、もし向うの山に虹が出たら奇蹟が起る。
 白い虹ではなくて、五彩の虹が出たら矢須子の病気が治るんだ」
 しかし、モノクロの映画はついに虹を映さないで終わります。

 好演した田中好子に鬼気迫るシーンが三つあります。

 原爆症による死の恐怖が実感され、鏡に映る顔へ自分の顔を少しづつ近づける時、鏡の中の顔は〈血の通わないもの、すなわち死の世界にあるもの〉として向こうから自分へ迫ってきます。
 容赦なくつかまえに来る死に神から逃れるすべはありません。
 しかし、恐れつつも堂々と顔を近づける胆力……。

 五右衛門風呂に入り、髪へ手をやるとごっそり抜けてしまいます。
 顕わな乳房にかかる髪は女性の象徴なのに、手につかみ取られてしまった髪は、死の到来を告げています。
 その時、矢須子の横顔に妖しげな笑みが微かに浮かび、薪をくべながら覘いていたシゲ子は気圧されてそっと窓を閉じます。
 普通なら怯えたり泣いたりするはずなのに、「とうとう来たのね……」と怖じけずに立ち向かう心理を一瞬の表情で表現しました。

 最終的な入院が迫り、重松に連れられて鯉の池へ行った時、池の主(ヌシ)とされている巨大な鯉が勢いよくジャンプするのを目撃します。
 ジャンプは一度だけだったのに、矢須子の目には何度も何度もくり返しジャンプする様子が見え、重松が抑えるのに慌てるほど驚喜乱舞します。
「あ、見えた。
 大けな鯉!
 1メートルくらいの。
 叔父さん!
 1メートル以上あります。
 いえ、もっと大きい!
 わぁ!
 こっち、こっち!
 元気に跳ねよります!
 大けな口開けて、突撃!突っ込めぇ─!」
 狂気を孕んだ歓喜の爆発。
 死がそこまで来ていながら、鯉の勢いと一体になった忘我の境地。
 微かな狂気によるつかの間の救済。

 やはり、田中好子は希有な女優でした。
 そして、「この映画は声高であってはならない、低声でなければ……。」と言う今村昌平のリアリズムには寸部の隙もありません。
 昭和から平成へと移る時期に製作・公開されたこの作品には、〈見てくれ〉や〈聴いてくれ〉で目や耳を刺激しようとする何ものもありません。
 ただ、原爆による直接の破壊力と、その影響による逃れようのない破滅の成り行きがありありと、そして原爆の人間に対する容赦なさがくっきりと、描かれています。
 歴史の風化に耐え、残るべき映画であると言えそうです。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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