コラム

 公開日: 2012-08-09  最終更新日: 2014-06-04

映画『黒い雨』を観ました ─広島と長崎の惨禍を忘れず、戦争と原爆をなくすために─(その2)

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 今村昌平監督の映画『黒い雨』を観ました。

 追いつめられて行く重松の耳に、ラジオの音声が届きます。
「朝鮮の新たな危機に対処するため、必要とあらば、中共軍に対し原子爆弾を使用することも考慮中である」
 朝鮮戦争で苦戦しているアメリカのトルーマン大統領が脅しをかけたのです。
 パチンとスイッチを切った重松は決定的な言葉をはきます。

「人間いう奴は性懲りもないものじゃ。
 我が手で我が首を絞めよる。
 正義の戦争より、不正義の平和の方がましじゃいうことが、何で分らんかのう」

 ここで言う正義は、人を殺さない、他人の持ちものを盗まないなどの個人的正義ではありません。
 思想や宗教などを背景とした国家意志による〈正義の御旗〉です。
 日本もアメリカも国家的正義を振りかざしつつ太平洋を挟んで戦い、膨大な国民が正義を信じて死にました。
 そして、敗戦によってボロボロになった日本の隣で朝鮮戦争が起こり、その特需が日本の経済をどんどん活性化させている頃も、戦争という外せない重しを乗せられた人々は日々、苦しみ、死につつありました。
 昭和20年8月15日をもって〈戦争〉が消え去ったわけではありません。
 映画で描かれた被曝者、深い悲しみや狂気に苛まれる人々は、今も苦しみ、死につつあります。

 この世に生まれた人間一人一人が日々、生きて行くという視点から観れば、そのいのちと生活をまとめて破壊し去る戦争以上の巨悪はありません。
 巨悪が正義に発しているとは何という矛盾でしょう。

 しかし、この矛盾を超えることは可能です。
 他国を侵略しなければよい。
 たったこれだけで、少なくとも国家的殺し合いという意味での戦争は避けられ、戦争がないという意味での平和はもたらされます。
 ただし、国同士の侵略がなく平和が実現されるためには、一人一人の精神が変わらねばなりません。

 それには、思想や宗教の奴隷にならないこと。
 たったこれだけです。

 では思想や宗教は不要か?
 とんでもありません。
 人間が霊性を高めつつ生きるには、不可欠ではなくても必要です。

 では思想や宗教は人間にどのように役立ち、どのように人間を奴隷化して巨悪まで生むのか?

 調べ、信じ、検証し、深めることによって自分を成長させます。
 一方、他人へ押しつけ、他人のそれと争い、他人のそれを邪悪と決めつけ、自分のそれを正義として振りかざせば、奴隷化し、奴隷たちが集まれば社会的巨悪を生み、やがては国家的巨悪ともなります。
 奴隷とは〈人それぞれ〉という単純な真実が見えなくなった人を指します。
 自分が〈自分〉である以上、他人も皆それぞれの〈自分〉です。
 だからこそ、人間は自由に考え、意志を持つことができるのではないでしょうか。
 自分における〈自分〉が、他人の〈自分〉を侵して良い道理はどこにもありません。
 それを主張した瞬間、自分も又、侵されて〈自分〉を失ってしまう他ないからです。
 複数の〈自分〉が入り交じるということはあり得ず、それを強制的に行って人間性を根幹から破壊するのが思想や宗教の強制です。
 人間性の破壊こそ悪であり、正義の幻につき動かされ悪を行う当人の人間性はすでに破壊されています。
 その事実に気づかないのが思想や宗教の恐ろしい一面です。

 思想や宗教の奴隷にならず、他人の思想や宗教に対して攻撃的にならなければ、他人の精神を侵略する人間にならず、そうした人々によって営まれる国家は、決して他国を侵略しないことでしょう。
 そのためには、自分がおちついた衣食住を欲している切実さは、他人も同じように持っているということをありありと想像することが必要です。
 自分が信じている考え方や仏神は、他人のそれと違っているのが当たり前であり、自分が何かを信じていて安心ならば、他人の安心をも想像し尊ぶことが必要です。
 真の意味で〈お互いのためになれる人間〉はこうして誕生します。
 この世の菩薩(ボサツ)もまた、ここから誕生します。
 評論家池上彰氏はダライ・ラマ法王の言葉を紹介しておられます。

「(必ずしも)仏教徒になる必要はありません。
 よい生き方をすればいいのです」

 一人一人の〈よい生き方〉の先にこそ、平和がもたらされるのではないでしょうか。
 そこには無論、原爆の居場所はありません。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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