コラム

 公開日: 2012-08-17  最終更新日: 2014-06-04

8月15日に想う ─尖閣諸島・インパールの和解・玉音放送─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 8月15日をふりかえってみます。

1 尖閣諸島での野蛮

 8月15日、香港の『保釣行動委委員会』のメンバーを名乗る者たちが日本の領海を侵犯し、尖閣諸島の魚釣島へ上陸しました。
 日本政府は「双方にけが人が出るような強硬手段を用いない」という基本方針を示し、結果的に上陸を許した上で必要な人数を逮捕し、逮捕から48時間以内に入国管理局へ14人全員の身柄を引き渡して強制送還する見通しです。
 不法上陸・入国以外の公務執行妨害や器物損壊があれば日本の捜査当局は本格的な取り調べを行い、容疑者を裁判にかけねばなりませんが、そうはならないようです。
 逮捕された面々の一部をニュースで見ましたが、あれほどの悪相はなかなかお目にかかれません。
 共産主義というイデオロギーの奴隷となり、国家の武力と経済力を背景に他国を侵し奪おうとする者の非人間的な表情です。
 およそ、侵略者の先兵となる者はいつの世も、ああした問答無用の野蛮な態度だったのではないかと思わされました。

 気をつけねばならないのは、私たちの平時にあっても、〈虎の威を借る狐〉として我(ガ)を通そうとする際は、心に高慢さや無慈悲さ、そして野蛮さや卑屈さが伴うということです。
 国家使命を帯びた侵犯者たちは、英雄として帰還するためにも強いアピールを必要としているので悪相を際立たせましたが、平時の私たちは、あるいは無表情で、あるいは薄笑いを浮かべながら、あるいは有無を言わせぬ強圧的な姿勢で同じように相手をねじ伏せようとします。
 自戒しましょう。
 そして、野蛮な国から日本を守るよう自分の行動を省み、背筋を伸ばして政府の動きを見守りましょう。

2 ロンドンの和解

 8月12日、太平洋戦争末期、インドのインパールで日本軍と死闘をくり広げたイギリスの退役軍人らが、ベッドフォードの教会で「和解の式典」を行い、日本へ和解のメッセージを伝えました。
 戦没者を追悼する献花と、日本軍との戦闘の象徴である軍旗を教会へ奉納する儀式により、反日最強硬派とされる退役軍人団体『ビルマ・スター』関係者は長い戦いの歴史に幕を下ろしました。
 軍旗を保管してきたビル・スマイリー元司令官(90才)の言葉。

「90才になったら死んだ仲間たちへの義務を終えようと思っていた。
 これからは日本との平和の祈りをしていきたい」(産経新聞)

 式典の実施に奔走した英民間団体『ビルマ作戦協会』会長マクドナルド昭子氏の言葉。

「和解が進むことを願っている。
 今後は、戦争を知らない和解世代とのミャンマー(ビルマ)慰霊の旅を実現したい」(産経新聞)
 
 修羅場を生き残り、仲間の無念を体して生きてきた方々の大きな仕事に終止符が打たれ、英日間の和解と世界の平和という新たな目標への一歩が踏み出されました。

3 昭和20年8月15日の静寂について

 産経新聞の8月15日号は、埼玉大学名誉教授長谷川三千子氏の「玉音放送後の静寂に聴いたもの」を掲載しました。
 氏は、敗戦の翌年春に河上徹太郎が書いた文章をとりあげました。

「幸ひ我々はその瞬間を持つた。
 それは八月十五日の御放送の直後の、あのシーンとした国民の心の一瞬である」

 私も教授と同じく桶谷秀昭著『昭和精神史』でこの一文を読み、静寂が何であったのか、理解できませんでした。
 教授は文章の紹介を続けます。

「あの一瞬の静寂に間違はなかつた」
「全人類の歴史であれに類する時が幾度あつたか、私は尋ねたい」

 教授は指摘します。

「日本国民がラジオの前に直立して拝聴した『終戦の詔書』は二重の意味での『玉音放送』だった。
 それは単に陛下ご自身のお声による放送だったといふだけでなく、この詔書は従来の詔書と違って、天皇ご自身のお言葉にもとづいて作成されたものだつたのである。」

 そして、有名な「堪えがたきを堪え忍びがたきを忍ぶ」などはお言葉通りに盛り込まれた一方、周囲が「これは絶対に書いてはいけないこと」として外した言葉があるというのです。
「自分はどうなってもよい」
 もしもこの通りに語られたなら、

「連合国はそれを天皇ご自身による自らへの死刑判決として受けとるであらう。
 しかも、天皇が自らを犠牲としてポツダム宣言受諾を決意なさつたといふことが公になれば、日本国民全員が徹底抗戦につき進むであらう。
 外を見ても内を見ても、これは絶対に詔書に書き込んではならないお言葉なのであつた。」

 私は目を瞠(ミハ)り、半世紀近くにわたって抱いてきた疑問が解け去ったことを知りました。
 玉音を聴いた瞬間、国民の間に発した静寂は、陛下のお言葉の裏にある並々ならぬ思いに触れて起こったものだったのではないでしょうか。
 教授は「自分はどうなってもよい」との思いを込めた終戦の御製を一首とりあげています。

「身はいかになるともいくさとどめけり ただたふれゆく民をおもひて」

 ただし、この一首が一般に知られるまでには20年以上待たねばなりませんでした。

 教授は、大伴家持の長歌による『海ゆかば』を「軍国主義でも狂信的天皇崇拝でもない。軍人も銃後の者も、日本国民はこの世界大戦といふ危機のさなか、日本の古典に託して自らの覚悟をうたったのである」と評価します。
 そして、締めくくります。

「8月15日正午、日本国民が受け取ったのは、この国民歌に対する天皇陛下からの返歌であつた。
 それは文字の上にあらはれず、音に聞こえるものではなかつたけれども、戦争終結といふご決断そのものがすでに返歌であつた。
 あの一瞬の静寂のうちに、国民は確かにそれを聞き取ったのである。
 それは、わが国の、そして世界の精神史上にも希にみる貴重な宝の一瞬であつた。」

 河上徹太郎が「全人類の歴史であれに類する時が幾度あつたか」という問題提起への答は明確です。
 国難に際した国民が、トップに象徴されている祖国や祖霊のために全身全霊をささげて役割をまっとうし、トップは自らのいのちを捨てても負託に応えるという理想がほとんど全国民的に確認された例は、確かに少ないことでしょう。

 陛下がたった一人の通訳を伴っただけで最高司令官マッカーサーの前へ出られたおり、マッカーサーは当然、命乞いに来たものと考えていました。
 皇后陛下が天皇陛下の自決を怖れ侍従に見張りを厳命していたほどの覚悟でおられた陛下は、述べられました。
「日本国天皇はこの私であります。
 戦争に関する一切の責任はこの私にあります。
 私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。
 絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります」
「しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。
 温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように」
 マッカーサーは驚きました。
「天皇とはこのようなものでありましたか!
 天皇とはこのようなものでありましたか!
 私も、日本人に生まれたかったです。
 陛下、ご不自由でございましょう。
 私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」
 陛下はもう一度頼みました。
「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。
 この私に何の望みがありましょうか。
 重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」(やりとりに関するこれらの文章は出典が不明です)
 マッカーサーは玄関まで一緒に歩き、見送りました。
 陛下の決死の覚悟によって、マッカーサーは日本の将来に陛下が欠かせないと確信し、日本の〈戦後〉は始まりました。
 また、陛下は昭和21年から9年間の歳月をかけ、日本の津々浦々へ励ましの巡幸を行われました。
 敗戦国のトップによる巡幸は、おそらく世界史にもあまり例がないものと思われます。

 長谷川教授の指摘どおり、8月15日の静寂は陛下と国民の間に生じた感応のいっときであり、〈世界の精神史上にも希にみる貴重な宝の一瞬〉という面があったことは真実と思われます。
(もちろん、玉音放送の受け止め方は一人一人の胸のうちのこととであり、多種多様だったはずです。
 どなたの胸に浮かんだ感慨も真実であるにちがいありません。
 なお、故三島由紀夫は聴いた瞬間「異次元」を感じたと述べています。)




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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