コラム

 公開日: 2012-08-22  最終更新日: 2014-06-04

三十七の菩薩(ボサツ)の実践(第二十五回) ─震災後の布施の心を忘れない─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈夜の石巻市で出会いました〉

 菩薩(ボサツ)になるための実践道、第二十五回目です。
 これは、「法話と対話の会『生活と仏法』」(http://www.hourakuji.net/manabi/houwa.html)において議論するテキストの一つとなってもいます。

「悟りを得るために、この身さえ犠牲にする必要があるのなら
 外界のものなどなおさらに
 見返りや成果を期待せず布施を行ずる
 それが菩薩の実践である」

 菩薩になろうとしている行者にとって、生きる目的はすべての衆生のためになろうとすることです。
 自分が悟りを得れば、それでよいのではありません。
 すべての衆生のためになれるよう悟りが必要なのです。
 言い換えれば、相手を選ばず他のために役に立てれば、その時点ですでに悟りは達成されています。

 仏教は、お釈迦様が過去の聖者たちと同じ悟りの境地に達成されたことを表明されたところから発しました。
 そして、お釈迦様の境地を願い、お釈迦様を慕う無数の行者たちによって悟りの内容が調べられ、追体験され、整理され、教えと修行の体系が歴史と共にまとめられ、深められてきました。
 聖者たちによるそうした努力は今なお、途切れずに日々、続けられています。
 仏教は決して、お釈迦様ただ一人のご生涯や残された教えに限定されるものではありません。
 お釈迦様は「私もようやく過去におられた聖者の域に達した」と明確にされており、〈その後〉も、その域に達したとしか思えない方々が、すばらしいご生涯と教えを歴史にとどめておられます。
 仏教は人類の歴史と共に高まり深化し続ける柔軟で無限の向上を根本的ありようとする希な宗教です。

 そうした中で、現在の人類にとって仏教の究極的価値は「相手を選ばず他のためになる」ところにあると考えられています。
 もはや、自分が苦を脱するために悟りを得ようとするところにあるのではないのです。
 このような仏教の根本に立てば、「お釈迦様はそう言わなかった」とか「お釈迦様はそうされなかった」などと、お釈迦様がおられた時代のあれこれを詮索し、〈そこにない〉ことを仏教ではないと否定する頑なな姿勢は最も〈非仏教的〉と言わざるを得ません。
 とは言え、お釈迦様の説かれた因果応報や輪廻転生(リンネテイショウ)や苦集滅道(クジュウメツドウ)や八正道(ハッショウドウ)などのどれも決して否定されはせず、今の日本では、そうした土台に立って皆共に救われようとする大乗(ダイジョウ)仏教が信じられ、行じられ、深められています。

 大乗仏教を規定した『大乗起心論(ダイジョウキシンロン)』は説きます。
「(大きな乗り物である)大乗とは、私たちの心である」
 救済は決して特定の経典のみに示されているのではなく、自分の心のありよう一つで、誰でもがさまざまな方法で悟りの境地へ到達できます。
 お大師様は説かれました。
「本心は主、妄念は客なり」
 私たちの心の大元である本心は、み仏と同じ仏心であり、そこへ煩悩(ボンノウ)を伴った客として普段の心が訪れ、迷いを生じさせています。
 だから、本心で生きれば菩薩になり、妄念で生きれば凡夫になるだけのことです。
 無着菩薩(ムチャクボサツ)は説かれました。
「もろもろの凡夫は、真実を覆い隠して虚妄に生きる。
 もろもろの菩薩は、虚妄を捨てて真実に生きる」

 私たちは、自己中心という妄念がはたらいている時、心のどこかで疚(ヤマ)しさや、後ろめたさや、恥ずかしさなどを感じていることを知っています。
 津波にやられて避難したAさんからお聴きしました。
「物資が届くと、ほとんどの人が我先に山ほど抱え込もうとします。
 しかし、落ち着いて得たものを点検してから、隣の人などと互いに必要なものを分け合います。
 私も娘を守らねばならないので強引につかみ取りましたが、自分よりもより切実に必要としていると思われる方へ物資をお分けした時のホッとした気持は忘れられません」
 ここに明らかなとおり、布施ができた時、真の救済が訪れます。
 布施された方は当然助かり、同時に、布施した方へも深い喜びを伴った心の安寧が訪れています。
 見返りを求めない布施の心で救われた方がおられる時、救わせていただいた方も救われて菩薩になっています。
 こうして互いに救い合い、救われ合えば、そこでは全員が菩薩となり、そのまま極楽浄土です。
 菩薩はあらゆる人々を救いの境地へと運ぶ大きな船の船頭ですが、皆が船頭になった時、もはや渡るべき迷いの川はなくなり、船も不要になるのです。

 大震災の後、全国各地、全世界で起こった布施の心はまぎれもなく、この世を極楽浄土にするための第一歩です。
 互いに、二歩、三歩と歩み続けようではありませんか。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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