コラム

 公開日: 2012-08-24  最終更新日: 2014-06-04

死に方を選ぶ ─餓死したトニー・ニックリンソン氏・希望の日に逝った西行法師─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈共同墓『法楽の礎』を守る主尊大日如来〉

 8月23日夜、NHKはイギリス人トニー・ニックリンソン氏(58才)の餓死を報じました。
 脳卒中によりほぼ前身が麻痺状態になった氏は、目の動きによってパソコンを通じた意志の疎通ができる時点で、意志の疎通が危うくなったなら安楽死させて欲しいと願っていました。
 憲法に定められた「尊厳や自主性」が保たれなくなくなってまで生き続けることに耐えられないと考えたのです。
 そして〈その時〉が来たので裁判へ訴えましたが、安楽死を認めていないイギリスの高等法院は氏の訴えを退けました。
 結果を受けた氏は食事を拒否して衰弱し、数日後、肺炎の悪化により死亡しました。
 直接の死因は肺炎ですが、実質的には本人の意志による餓死です。
 つまり、餓死という形での自殺です。
 映像は氏の毅然とした様子、敗訴による無念の表情、そして、かいがいしく介護を行う奥さんの淡々とした雰囲気を伝えていました。
 私は、無念の氏が絶望したかのように涙顔を見せた一瞬を忘れられません。

 死にまつわる絶望は、死がもたらすのではありません。
 死に方を選べない時、あるいは、臨む死に方が拒否された時に訪れます。

 もちろん、意識して誕生の条件を選べず、意識して死の時を選べないことに達観していれば、絶望はありません。
 あるいは、仏神へいのちをお預けしてしまった者にも、絶望はありません。

 しかし、心身に耐え難い苦を同伴者として生きる境遇になれば、生の方向へ向かおうと死の方向へ向かおうと、必ず希望が生じます。
 ──この痛みや辛さを緩和したい、早く死んで楽になりたい……。
 そして、痛みや辛さが緩和されず、死を求めても許されない時、絶望するしかなくなります。

 氏は絶望を乗りこえる希望の力を失いませんでした。
 それは、人間としての尊厳は生死を超えるという尊い信念によります。
 尊厳を守るために死を選ぶという最後の自主性が国によって拒否された時、生きものとして飲食を拒否するという最後の手段が残されており、幸いにも、希望を共有する妻がそばにいました。
 二人の協力で希望は達成されました。

 病気や老衰の進んだ生きものは、飲食が細ります。
 そして死にます。
 人間以外の生きものはすべて、そうした自然の流れの中で死んで行きます。
 どこかの時点で、意志を持った人間としての尊厳が保たれなくなったおりには、他の生きものたちと同じく自然へ身を任せるという死に方は、死までの生き方を選ぶことでもあり、人間らしい尊い生の営みではないでしょうか。
 イギリスの憲法で定められている「尊厳や自主性」はみごとに守られ、生きていると言えないでしょうか。

 当山はかねて、ご家族や友人・知人などが自殺された方々の人生相談を受けてきました。
 常に申し上げてきたことが一つあります。
「周囲の方々にとってどうであろうと、ご本人の意志を〈尊いもの〉として認めてあげてください」
 もちろん、家族がどんなに辛い思いをするか、伴侶がどんなに罪悪感に苛まれるか、などなど、凄まじい破壊的余波が生じているのは重々承知した上で、たとえ怒りを受けようと、呆れられようと、蔑まれようと、この点は言い続けてきました。
 そして、老いたお釈迦様が腐ったスープの布施を拒否せず亡くなったこと、お大師様が座ったまま弥勒菩薩のお側へ行かれたことなどもお話し申し上げてきました。
 妻を失い、筆力も落ちた作家江藤淳氏の遺言もお話し申し上げてきました。
「身の不自由が進み、病苦が堪え難し。
 去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。
 乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。」
 
 もちろん、国民の多くを貧困に近い境遇へ陥れ、生活できない、あるいは周囲の理不尽な危害に耐えられないといった人々を輩出している無慈悲な社会的業(ゴウ)は克服されねばなりません。
 社会的業によって自殺へ追い込まれる人が出ないよう、社会構造や就職問題やいじめの問題などが議論され、業の転換がはかられねばなりません。
 安楽死をどうするかということも大問題です。
 そうしたことごとをふまえた上でなお、一介の行者として、この点はゆるがせにできないのです。
「自由意志で生き方を選び、人間としての尊厳が守られるのと同じく、自由意志で死に方を選び、人間としての尊厳が守られるのではないか。
 死に方を選ぶのは、生き方を選ぶことと同じではないか」
 老いた人も、病気の人も、死に神の到来を感じている人も、それらからただ逃げようとするのではなく、自分の死に方をイメージすることによってそれらを克服する生き方を考えた方が、より実りある人生をとして幕を閉じられるのではないか……。
 お釈迦様を慕い、お釈迦様の入滅したころに自分も死にたいと願っていた西行法師はこう詠み、その通りに逝きました。
「ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃」




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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