コラム

 公開日: 2012-08-26  最終更新日: 2014-06-04

自分でもよくわからない経典を唱えて供養になるか? ─通じることを信じ、「今さえよければ」を脱しよう─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 例祭に参加したAさんからご質問をいただきました。
「今、ご先祖様のためにと思って経典を読みましたが、内容があまりわかっていません。
 自分でもわからない経典を唱えて役に立つのでしょうか?
 また、最近亡くなった兄は、本を読まず宗教にもほとんど関心がなかったので、私の声を聞いてもありがたいと思わないのではないかと心配になります。
 これで供養になるのでしょうか?
 私の読経は、はたして、役に立っているのでしょうか?」

 お答えしました。
「立派な供養になります。
 それには三つの理由があります。

1 供養したいと思う心で唱えるという行為そのものが一番の供養

 亡き人が心安らかでいて欲しい、極楽で成仏して欲しい、苦しい地獄界や争いの修羅界に転生しないで欲しい、という利他の心を持ち、それによって読経という清らかな行為を実践することは布施行というすばらしい善行です。
 み仏の教えは、あらゆる現象の原因となる心のありようがいかにあるべきかを説いており、結果による評価を第一とするのではありません。
 たとえば、24時間テレビなどで大きな募金をして目立とうとする大人の心よりも、親に頼んで会場へ連れて行ってもらい、なけなしのお小遣いを募金箱へ入れようとする小さな子供の心をこそ、清浄な徳積みとみなします。
 決して、『ノルマを達成したかどうかがすべて』という発想ではないのです。
 だから、たとえ拙い読経でも貴方の心と行為は立派な布施行であり、必ずや、み仏に導かれた世界におられる方々へ届いていることでしょう。

2 経典はそもそも、お釈迦様が明らかにされた悟りの世界のありようと、そこへ至るための心がけが書いてあり、内容が難しいのは当然であって、理解できるのもまた一部であって当然

 仏教の経典は、神のお告げや、楽に生きられるためのマニュアルではありません。
 お釈迦様は、皆が〈自分を第一〉とすることによって互いに角突き合わせねばならず、他を害することも厭わぬあさましい姿に深く悲しまれました。
 弱肉強食という自然界の原理に流され、一時的で儚い勝利に勝ち誇る人間の高慢心や非情な心、あるいは敗れた人間の悔しさや怨みが因縁となって輪廻転生する姿に絶望もされました。
 そして恵まれた境遇を捨ててまで真理を探求する生活に入り、生の全体を〈苦〉と見極め、〈苦〉の世界をぐるぐると輪廻転生する鎖の輪から脱する方法を探求され、ついに悟りを開かれました。
 それから約500年が経ち、お釈迦様を慕う人々によって『教えとお悟りは、こうではなかったのか』とまとめられ始め、その作業は、以後2000年を隔てた今も、行者や学者によって熱心に続けられています。
 こうした内容をすべて理解することは、お大師様クラスの超人にしかできはしません。
 しかも、空(クウ)や縁起(エンギ)や輪廻の思想など、歴史と共に理論も実践方法もより深く、高度なものになっています。

 たとえば、オリンピックの体操で金メダルを取った内村航平選手の演技について、もしも10冊の本に詳しくまとめられたとしてさえ、ほとんどの人が理解できないことを想像してみればわかります。
 しかし、私たちは、テレビのニュースなどで彼の活躍ぶりのごく一部しか目にしなくても、彼の演技が人間が行う体操という競技において、現在、おそらく最高度に達しているのではないかと感じ、驚嘆し、美しさや強さに魅せられます。
 そして、彼の口から漏れ聞く言葉の片隅に何かの光を感じ、感謝したりします。
 私たちの経典に対する態度もまた、このようであって構わないし、彼の後を追って体操の選手になるように出家得度をしない限り、このようでしかあり得ません。
 だから、般若心経がよくわからないからといって、般若心経を諦める必要はありません。
 もしも『色即是空(シキソクゼクウ)』の四文字に奥深い空(クウ)の世界を感じたなら、自分なりに学び、考え、唱え、写経すればそれでよいのです。
 もしも『真実であり虚しからざるゆえによく一切の苦を除く』とされる『ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじ そわか』の真言に救いの世界を感じたなら、やはり同じようにして教えを自分の人生に生かしましょう。

3 廻向(エコウ)によって供養の心は、み仏の世界へ、あの世へと届く

 最新の研究によれば、インドでは9世紀頃から死者の葬礼がきちんとした作法によって行われ、仏教は、この世の私たちが苦と迷いから脱するという目的と共に、死者を儀礼によって送り儀礼によって悼むという人間の歴史が始まって以来、連綿と続いてきた死者への思いの受け皿として整備され、深められてきました。
 私たちは、敗戦によって日本人の心の漂流が始まり、そのツケがまわっていじめなどの問題が悪化したことに気づきつつあります。
 しかし、明治の廃仏毀釈(ハイブツキシャク)によって、日本への仏伝以来、幾多の祖師たちに練り上げられた日本的仏教の根幹が、いまだに置き忘れられたままになっているという弊害にはあまり気づかれていません。
 私たちにはまだ、供養という心、廻向によってあの世に逝かれた御霊のために役立ちたいという思い、死んだらそれっきりではないという祖霊を偲ぶ感謝と報恩、あの世に行っても後に続く世代を見守りたいという願いなどが残っています。
 こうした尊い心のはたらきは、「死んだら終わり」や「人生は一回こっきりだから今を楽しむ」というお釈迦様がはっきり『邪な見解である』と説かれた考え方の氾濫を何とか抑えつつあります。
 大震災・大津波・原発事故によっても、私たちは『自分中心』や『今さえよければ』という考え方がどこかおかしいと気づかせられつつあります。
 ここのところを深めて行かねば、犠牲になられた方々を真に悼むことはできないと覚悟しています。

 いじめや、人間を道具として使い捨てにする世相にはっきりと立ち向かい始めた今、私たちは、〈敗戦で失った尊いもの〉そして、〈廃仏毀釈で失った尊いもの〉をよく考え、ご先祖様、古人、賢人が遺された大切なものを守り発展させ、悪しき共業(グウゴウ)を解消しようではありませんか」



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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