コラム

 公開日: 2012-08-29  最終更新日: 2014-06-04

9月の聖語 ─亡き母親の拍手─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 早朝3時、虫たちの声が天地の間に充ち満ちているのは切ないほどです。
 それにしても、カンカン照りの日中も、星々の下でも変わらずにまるで尺八のように野太い声で鳴くウシガエルの生態はどうなっているのでしょうか。
 さて、9月は、お大師様のこの言葉を考えましょう。

「法身(ホッシン)いずくにかある。
 遠からずしてすなわち身なり。
 智体(チタイ)いかんぞ。
 我が心にしてはなはだ近し」

(み仏の本体がどこにあるかと言えば、どこか遠くではなく、行者の身中におられます。
 み仏のお智慧がどこにあるかと言えば、行者の心中にあり、とても身近なのです)
 お大師様の説くところによれば、私たちそのものが本来、み仏なのであり、心にある月光のような智慧の光を覆うのは、煩悩(ボンノウ)による迷いの黒雲です。
 み仏のお導きに接する機会があれば、悟りを求める光が心中から発し、黒雲は消えます。
 このように、外からの〈縁〉により、内側の〈因〉がはたらき、み仏の子として生きられます。

 この身このままでみ仏らしく考え、あるいは語り、あるいは行う〈み仏体験〉をくり返していると、因縁はどんどん清められて黒雲が徐々に発しなくなり、み仏そのものに近づいて行きます。
 これがお大師様が説く即身成仏(ソクシンジョウブツ)の成り行きです。
 とにかく、み仏そのものである本体に還ること、最も確かな自分自身を感得することが最も大切です。

 お大師様はこうも説かれました。

「本心は主(アルジ)、妄念(モウネン)は客なり。
 本心を菩提(ボダイ)と名づけ、また仏心と名づく」

 菩提とは悟りを求める心であり、私たち自身の主はあくまでも清浄な仏心です。
 普段、私たちが〈自分〉と思い〈心〉と考えている対象は、実は、一時的に訪れる客でしかありません。
 主である本心は悟りの世界(ニルヴァーナ)にあり、客である妄念は迷いの世界(サンサーラ)にあります。
 だから、妄念が蜃気楼なようなものであると気づきさえすれば、いつでも本心で生きられるようになります。

 密教の経典『大日経』は、「縁によってかりそめに生じているだけのもの」をよく観察し、それらに惑わされずニルヴァーナへ入る方向へと導きます。
 ちなみに、妄念は十種挙げられており、当山のブログ「密教の行者は悪霊が見えるか(http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-2589.html)」から転載しておきます。

①幻(ゲン)
 いわゆる「まぼろし」です。
 手品師が見せたり、薬物や呪術で見えたりする奇妙なものです。
②陽炎(ヨウエン)
 いわゆる「かげろう」です。 
③夢(ム)
 いわゆる「夢」です。
 よく「夢か現(ウツツ)か」と言いますが、ボーっとしていたり、過労になったりすると二つのものの境界があいまいになります。
④影(ヨウ)
 鏡に映った像などは、現実そのものにしか見えません。
⑤乾闥婆城(ゲンダツバジョウ)
 乾闥婆は、天上界で音楽を奏でる妖精のような神であり、その根城が乾闥婆城とされています。
 私たちの現実においては、いわゆる「蜃気楼(シンキロウ)」です。
 実体はないのに、いかにもありそうに見えます。
⑥響(コウ)
 音声によって生ずる空気の振動です。
 やまびこもそうです。
⑦水月(スイガチ)
 水面に映った月です。
⑧浮泡(フホウ)
 水に浮かぶ泡です。
⑨虚空華(コクウゲ)
 目が眩んで星や花が飛ぶように見える場合があります。
 空に浮かぶ虹も、橋に見えますが橋がかかってはいません。
⑩旋火輪(センカリン)
 火のついた松明をぐるぐる回すと火の輪が見えます。
 しかし、輪はありません。

 最近、母親の十三回忌を迎えました。
 全身全霊での修法が終わった時、どこからか、拍手する気配が伝わってきました。
 学校の先生をしていた母親は、子供だった私の疑問や質問にはすべて答え、探求心を起こした分野でいろいろやろうとする時は、必ず支援してくれました。
 しかし、「よくここまで頑張ったね」という誉め方をしてもらった記憶はありません。
 常に、前へ進もうとする息子の後押しをし、犠牲になることを厭いませんでした。
 その母親が、当山の主尊大日如来に導かれる十三回忌で今度は息子に後押しされ、ようやく「お前もどうにかここまで来たか」と誉めてくれたのでしょう。
 でも、こうしたことごとは〈~のような気がする〉という範囲のできごとであり、決して拍手の音が〈聞こえた〉と実体化しては受けとめず、一時的な感慨はあってもとらわれはしません。
 菩薩をめざす行者にとってはすべてがありがたい縁であり、ただただ合掌するのみです。
  
 今日も、法身であるべく祈りつつ、拙く小さな一歩を歩み出します。
 ご一緒に歩みませんか。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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