コラム

 公開日: 2012-09-08  最終更新日: 2014-06-04

子や孫のためにふり返っておきたい先人の導き(その21) ─苦から逃げない─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈雪と瓦礫の中を歩く小原宗鑑師〉

22 「ら」 楽よりも苦をとれ
 世の中は試験場だ。
 少年も大人も楽をし過ぎると失敗し、苦心の後に成功が輝く。
 苦心しない偉人はない。
 楽よりも苦を喜ぼう。

1 自分の体験について

 私が父から最も強くしつけられ、かつ、それが父への複雑な感情を生んだのは「楽をしようとするな」という一点でした。
 農家の出だった父は、私の〈うまくやりたい〉という根性を見抜いていました。
 それが父以外からほとんど指摘されなかったのは、目上を立てたり、テストを何とかクリアしたりと、あまり問題点が浮上しない子供だったからでしかありません。
 私は子供ながらに自分の弱点を知っており、意識して楽をしようとは思わない時も、父に見張られているようで辛いものがありました。
 もちろん、父はそんな思いを知らないはずです。

 さて、どうして私は66才にもなってこんな青くさいことにこだわるのか?
 それは、何歳になろうと、微かに残る〈楽をしたい〉という気持の中に、疚(ヤマ)しさを感じているからです。
 うまくやろうとせずまっとうに汗をかいている人々に対して恥ずかしいのです。
 震災からの復興をめざして槌音の絶えない現場で疲れきり、ご加持を受けに来られる方々に対して、「ご苦労様」といたわり、「ありがとう」と感謝するだけでなく、小さく小さく「すみません」とつぶやく気持があります。

 東日本大震災で大津波が起こった直後、雪の中を祈りながら歩く石雲禅寺副住職小原宗鑑師について、ブログ「現代の偉人伝第122話」に書きました。
 その中で、「私はもう、同様の行動をとることが事実上、不可能である」と逃げ、自分を楽なところへ置きながら、「師に感謝したい。師の祈りに感謝したい」と書きました。
 しかし、沿岸部などへの托鉢からすべてを始めた行者が、たとえ一日でも師のように現場を歩かなかったことは、未だに恥と思っています。
 だから、時折でかけては、「あの時動かなかったお前が今頃になって何をやっているのか」という自分の心の声にに叱られつつ、隠れるように祈るのみです。

2 楽をしようとすることはなぜ、疚しいのか?

 楽をしたいのは誰でも本音と思えるのに、なぜ、疚しさが伴うのか?
 それは、全力を尽くさなければ誠実に生きているとは言えないからです。
 持てる力の出し惜しみは、必要なお金の出し惜しみや、協力の手抜きや、救いを求めている人を見放すことに似て、不誠実です。
 明らかに「不慳貪(フケンドン)…慳(オ)しまず、貪らず」の戒律に反しています。」
 この教えは、食べものや財物やセックスなどを貪る卑しさへのを戒めだけではありません。
 楽を貪る不誠実さ、我関せずと傍観者を決め込む卑劣さへの戒めでもあります。

 自分とこの世に苦をもたらす煩悩(ボンノウ)には6種類あります。
 ブログ「『大日経』が説く心のありさま六十景 その40 ─羅刹心(ラセツシン)─」へ書いたとおりです。
 好(コウ)・悪(オ)・平(ヘイ)・楽受(ラクジュ)・苦受(クジュ)・不楽不苦受(フラクフクジュ)。
 好ましい、悪(ニク)い、無関心、楽と感じる、苦と感じる、どちらとも感じない。
 私たちは不断にこうした心が起こり、そこで、心のはたらきを起こした対象へ対する執着心が高まるなどして囚われるままになれば、苦が生じます。
 好みだからセクハラに走る、嫌いだからいじめる、おかげさまを忘れた傍観者になる、いつまでも楽をし続けたい、苦と感じることには近づきたくない、ボーッとしている。
 これらはもう、当人が気づかなくても苦を生きている状態であり、その影響によって自他へ具体的な苦が襲いかかることは必定です。

 私たちは皆、み仏の子であり、心の中心にある仏性が発する危険信号こそ〈疚しさ〉の正体ではないでしょうか。

3 楽をしたければ全力を尽くせず、自分なりの実りある人生を送れない

 「楽をしたい」という怠け心がなくならなければ、どうしても、全力を尽くせません。
 今回の教えのように「楽よりも苦をとる」心のある人こそが全力を尽くせる人であり、〈全力のレベル〉を上げられる人です。
 レベルが上がれば、やがて「苦心の後に成功が輝く」のです。
 とりかかった時点での力以上の力がつけばこそ、かつて見上げていた壁が乗りこえられ、偉業は達成されます。
 偉業とは、何も、偉くなったり、大きな儲けを手に入れたり、有名になったりすることではありません。

 埼玉県の上田清司知事は、若い頃、学習塾を経営して大成功を収めました。
 生徒が苦手とする科目を学習とテストによって徹底的にやらせ、必ず成績を上げさせる。
 手応えがあったなら、もっとやらせる。
 そうするとやがて、満点に近づいたりする。
 こうした成功体験をした子はその他の科目も必ず以前よりできるようになり、やがては成績全体がアップする。
 こうして20点や30点しかとれなかった科目が80点や90点になれば、その子は〈楽をせず、偉業を達した〉と言えないでしょうか。

4 結論

 疚しさを放置せず、逃げて楽をしようとせず、「楽よりも苦を喜ぼう」と勧めるのは〈真実の教え〉です。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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