コラム

 公開日: 2012-09-10  最終更新日: 2014-06-04

プロとしての高倉健 ─NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」から(その2)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』の高倉健特集を観てのメモです。

○一つの作品を終えるたび、人前から姿を消す
 そもそも、生きるために俳優に〈身を堕とした〉と思っていた彼は、『日本残侠伝』などのヤクザもので大ヒットを飛ばし、1年で10本もの作品に出ずっぱりとなりました。
 しかも、同様の受けるキャラクターを毎たび演じているうちに、一体自分は何をやっているのかと疑問が生じ、こっそり映画館へ様子を見に行きました。
 そこで、、一様に「観終わった後で人が違っている」観客の姿を目にし、「俳優とは何か?」という疑問がますます深まり、45才の時、フリーの俳優になる決心をします。
「内容もスタッフもギャラも納得できる映画だけをやる。
 そのため、最も厳しい環境で自分を磨く」
 こうして名作『八甲田山』が生まれます。
 彼は、日本の映画史上最も過酷な撮影と言われたこの作品のために、三年間、他の仕事を断りました。

○生き方が芝居に出る
 彼はいつも、優れた先輩に学んできました。
 老いた笠智衆が坂道をゆっくり上りながら現場へ向かっていた時、誰かが後から押しました。
 もちろん、いたわるつもりだったのでしょうが、笠智衆は、時間には十分間に合いますと言って、支える手を敢然と断わります。
 この毅然とした態度は、彼の見習うところとなりました。
 自分である以上に〈高倉健〉であろうとし、一回も身内のお葬式へは出ていません。
 プロであること以上、優先させるべきものはないからです。
 苦しいと思ったことはありませんかと訊ねられ、答えます。

「捨ててるもんだと思いますね。
 別に捨てなくたってやれるもんでしょうがね」

 彼は、一個人としての世間とのつながりや義理人情を捨てていると言うのです。
 プロの高倉健であるための日々をしか生きてはいません。
 プロの行者であるべき僧侶の手本です。

 確かに、俳優業は「別に捨てなくたってやれる」のでしょう。
 売れなくなったタレントが私的なスキャンダルを起こして再び世間の注目を浴びようとする場合もあります。
 こうした部分は、僧侶の世界にも通じるものがあります。
 出家者なのだから〈捨てている〉はずなのに、家庭を持てばどうしても捨てきるわけにはゆきません。
 それでもなお、限りなく捨ててかかろうとするところに不断の葛藤が生まれ、家族など、身近な人に苦しみや淋しさを生じさせる場合もあります。
 一方、「別に捨てなくたってやれる」というやり方もなくはないので、むしろ、捨てていないことを表に出そうとする僧侶もいます。
 およそ行者とは思えない風情で、世間の方々とまったく同じように飲み食いの場を楽しんでいるのです。

 捨てるのか、捨てないのか、捨てようとするのか、利用しようとするのかは、俳優も僧侶も変わりありません。
 彼は言います。

「その人のやっぱり、人生体験と言うか、それが俳優さんの価値なんでしょうね」
「大事なのはお金などでなく、身を捨てても構わないっていう人間に出会えるかどうかです」

 彼にとって真の出会いとなる相手は、血の通った人間であるか、作品中の人物であるかにまったくかかわりがありません。 

○久しぶりにきれいな海ば見た
 主人公に人生の進路を変えるできごとが起こる場面を撮る日はもうすぐです。
 彼は主人公の悩みを共有しつつ、決定的場面で心の展開を促すすべての要素を掴むべく、町の気配を探っています。
 ここには独特のもの悲しさ、不思議な貧しさが漂い、海を望むすべてのお墓に毎朝、花が捧げられています。
 彼は、海へ出る男たちと、送り、守る女たちや家族が延々と重ねてきた月日に塗り込められた生と死の喜びや悲しみが、もはや、空気となっていることに気づきます。
「それほど大変なんだろうね。船に乗るっていうのは……」

 本番で、大滝秀次が一言発し、背中を見せます。
「久しぶりにきれいな海ば見た」
 その言葉には地域住民の万感の思いが圧縮されており、一瞬でそれを悟った彼は人生を転換させる決心がつきます。
 カットとなり、暗い海を向いてスタッフへ背中を見せた彼は、ハンカチを手にしていました。
 あの高倉健が泣いていました。

「いつもきれいな海ばかりではないということでしょう」

 きれいでなく、恐ろしく、禍々しくもある海との対峙が避けられない人々の思いが、確かさを伴って彼に伝わったのです。
 彼は磨き抜かれた感性で真剣に現実の地域全体をつかみ、それを背景に決断する架空の主人公になり切りました。
 架空の主人公は彼の精神と肉体とに宿り、現実の自然と社会との中に現実の姿を現したのです。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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