コラム

 公開日: 2012-09-11  最終更新日: 2014-06-04

プロとしての高倉健 ─NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」から(その3)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈セミは役割を終え、車は朝露におおわれ、季節が移りました〉

 NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』の高倉健特集を観てのメモです。

○人のいのちは限りがある
 撮影が終われば、役の中の人生とも、撮影を通して出会った人々とも別れる時がやってきます。
 彼は、見学に訪れるファンも含め誰とでも、気さくに言葉を交わします。

「やめたくないんだよね」
「気心が知れたら終わりなんだから……」
「いろんな人と別れる。
 そういうことが重なると、人のいのちは限りがあるってことを感じるよね」

 ある役柄Aを演じ終わるのは、彼にとって〈一仕事が終わった〉だけのできごとではありません。
 Aの人生が幕を閉じるのと同じです。
 彼は、監督や裏方さんなど生身の人間との別れだけではなく、作品の中の人物たちとも今生の別れをくり返してきました。
 彼の横顔にはそれが刻まれているのです。
 
○お疲れさま
 彼の205本目の作品はこのセリフで終わります。
「自分は今日、鳩になりました」
 去りがたい現場から彼は去り、背中の残像と言葉の余韻が残ります。

「お疲れさま」

 彼は、銀幕の中の人物が後ろ姿を見せるのと同じく、サラリと去ります。
 まるで人生を閉じるかのように……。

 夏目漱石は、病魔に襲われた自分が訪れ、そこから舞いもどった生死の境をふり返りました。
「微かな羽音、遠きに去る物の響(ヒビキ)、逃げ行く夢の匂ひ、古い記憶の影、消える印象の名残──凡(スベ)て人間の神秘を叙述すべき表現を数へ盡(ツク)して漸く髣髴(ホウフツ)すべき霊妙な境界」」
 彼の後ろ姿はこうした幾万もの言葉にも匹敵するほどの説得力を帯びています。

○プロフェッショナルは生業(ナリワイ)
 彼は試写会に参加します。
 観た後、又、意欲が起こります。

「とってもやりたいね。
 とってもやりたいと今日、思いましたね」
「まだ、わかんないですよ。
 まだ、わかんないですけど……」

 81才にして、いつか又、と夢見る彼。
 作品を選び抜く以上、何年先になるかはまったくわからない。
 それでも、まだ、プロとして生きている以上は、「これで終わり」とはしない、できないのです。

 番組の最後に「プロフェッショナルとは?」と問われ、足元を踏み固めながら生きてきた人間の確信を込めて答えます。

「プロフェッショナルは生業(ナリワイ)だと思います」

 続く沈黙には、誰にも有無を言わせない鋼鉄のような力と、底知れぬ大海のような深さがありました。
 生業とは、生計を立てるための仕事です。
 つまり、食うための労働を指すのですが、〈ナリワイ〉には、言葉に根拠となる深い内容があります。
 ナリワイは「ナリ」と「ハヒ」から成っています。
 ナリ…成ること・生ること・在ること
 ハヒ…生(ハ)うこと・栄(ハ)うこと
 だから、ナリワイが持つ本来のイメージは、向上しつつ成長することです。

 やむを得ない成り行きで俳優になった彼は、「俳優に身を堕とした」と感じ、父親は大学まで出ていながら俳優などになった息子へ「もう帰ってくるな」と言いました。
 俳優になった彼は、好きな道を歩みながら裕福になり、しかももてはやされ憧れられる職業という私たちの持つイメージとはかけ離れたところから出発していました。
 人気が沸騰していた時に、似かよったキャラクターで何本もの作品に登場する自分は一体、何をやっているのかと疑問を持ち、フリーの道を選びました。
 限られた作品しか撮らない俳優になり、彼としては方向を変えたのでしょうが、ファンとしてはどうだったのか。
 ファンにとっての俳優〈高倉健〉は、ずっと同じではないかという気がします。
 また、一人の人間としての小田剛一(本名)は、役柄を演じる前に俳優〈高倉健〉を生き、小田剛一はいつしか〈高倉健〉そのものになっていたのではないでしょうか。
 ファンにとっても、小田剛一にとっても、〈高倉健〉はもはや、そのようでしかあり得ない〈実在の人物〉です。

 彼が答えた「プロフェッショナルは生業(ナリワイ)だと思います」の持つ凄み、一人の人間が人生を賭けた結果として結晶させつつあるものの圧倒的な輝きには参りました。
 こうした番組を観られた幸せを感じながら、思い出しつつ書きました。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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