コラム

 公開日: 2012-09-11  最終更新日: 2014-06-04

親の思いを知る手がかり ─有島武郎作『小さき者へ』を読む(その1)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈明ける夜〉

『小さき者へ』は、大正7年に書かれた。
 幼くして母親を失った稚き子供たちへ、夫たる父親が自分の遺書代わりとも思いつつ書いた。
 お前たちは母親を失ったがきっと大丈夫、しっかり生きて行きなさいなどと、通り一遍のことは言わない。
 不幸なお前たちを亡き母親も、育てている自分も大切にしているよ、と、血を吐くような真情をぶつけている。
 日本文化研究者の松岡正剛氏はこう紹介している。

「こういう悲痛な文章はもっと読まれるべきだ。」
「いったい何を意味しての『小さき者』なのか。
 これは、母を失ったわが子に贈った有島の壮絶な覚悟の証文であって、誰も彼もを存在の深淵に招きかねない恐ろしい招待状であり、また、冷徹な現実をつねに未来に向かって突き刺さるものだということを公開した果たし状のようなものだった。」

 初版は文語体だったが、現在の読者に読みやすいよう、それを基に口語体で紹介したい。

「お前たちが大きくなって、一人前の人間に育ち上った時、──その時までお前たちのパパは生きているかいないか、それは分らない事だが――父の書き残したものを繰拡(クリヒロ)げて見る機会があるだろうと思う。
 その時この小さな書き物もお前たちの眼の前に現われ出るだろう。
 時はどんどん移って行く。
 お前たちの父なる私がその時お前たちにどう映(ウツ)るか、それは想像も出来ない事だ。
 恐らく私が今ここで、過ぎ去ろうとする時代を嗤(ワラ)い憐あわれんでいるように、お前たちも私の古臭い心持を嗤(ワラ)い憐れむのかも知れない。
 私はお前たちの為ためにそうあらんことを祈っている。
 お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間違っているのだ。
 然(シカ)しながらお前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、或(アル)いはいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。
 お前たちがこの書き物を読んで、私の思想の未熟で頑固がんこなのを嗤(ワラ)う間にも、私たちの愛はお前たちを暖め、慰め、励まし、人生の可能性をお前たちの心に味覚させずにおかないと私は思っている。
 だからこの書き物を私はお前たちにあてて書く。」

 有島の決意は明らかである。

「お前たちは去年一人の、たった一人のママを永久に失ってしまった。
 お前たちは生れると間もなく、生命に一番大事な養分を奪われてしまったのだ。
 お前達の人生はそこで既に暗い。
 この間ある雑誌社が『私の母』という小さな感想をかけといって来た時、私は何んの気もなく、『自分の幸福は母が始めから一人で今も生きている事だ』と書いてのけた。
 而(シカ)して私の万年筆がそれを書き終えるか終えないに、私はすぐお前たちの事を思った。
 私の心は悪事でも働いたように痛かった。
 しかも事実は事実だ。
 私はその点で幸福だった。
 お前たちは不幸だ。
 恢復(カイフク)の途(ミチ)なく不幸だ。
 不幸なものたちよ。」

 親が我が子に向かって、お前は不幸だと告げるとは……。
 しかし、不幸な者だからこそ、父親は目いっぱいの思いやりをかける。

「暁方(アケガタ)の三時からゆるい陣痛が起り出して不安が家中に拡がったのは今から思うと七年前の事だ。
 それは吹雪も吹雪、北海道ですら、滅多にはないひどい吹雪の日だった。
 市街を離れた川沿いの一つ家(ヤ)はけし飛ぶ程揺れ動いて、窓硝子に吹きつけられた粉雪は、さらぬだに綿雲に閉じられた陽の光を二重に遮って、夜の暗さがいつまでも部屋から退(ド)かなかった。
 電燈の消えた薄暗い中で、白いものに包まれたお前たちの母上は、夢心地に呻き苦しんだ。
 私は一人の学生と一人の女中とに手伝われながら、火を起したり、湯を沸かしたり、使(ツカイ)を走らせたりした。
 産婆が雪で真白になってころげこんで来た時は、家中のものが思わずほっと息気(イキ)をついて安堵したが、昼になっても昼過ぎになっても出産の模様が見えないで、産婆や看護婦の顔に、私だけに見える気遣いの色が見え出すと、私は全く慌ててしまっていた。
 書斎に閉じ籠こもって結果を待っていられなくなった。
 私は産室に降りていって、産婦の両手をしっかり握る役目をした。
 陣痛が起る度毎(タビゴト)ごとに産婆は叱るように産婦を励まして、一分も早く産を終らせようとした。
 然(シカ)し暫(シバ)らくの苦痛の後に、産婦はすぐ又深い眠りに落ちてしまった。
 鼾(イビキ)さえかいて安々と何事も忘れたように見えた。
 産婆も、後から駈けつけてくれた医者も、顔を見合わして吐息をつくばかりだった。
 医師は昏睡(コンスイ)が来る度毎(タビゴト)に何か非常の手段を用いようかと案じているらしかった。」

 難産である。
 つい最近まで、出産は文字どおりいのちがけで行うものだった。
 生もうとする母の死、生まれようとする子の死はすぐそこにあった。





 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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