コラム

 公開日: 2012-09-14  最終更新日: 2014-06-04

親の思いを知る手がかり ─有島武郎作『小さき者へ』を読む(その4)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈早朝の珍客〉

 有島武郎は結核になった妻をいたわりながら、同時に、子供たちを母親から離して面倒をみなければならなくなった。
 もちろん、仕事もある。
 いのちをかけた日々が続く。

「私は日中の仕事を終ると飛んで家に帰った。
 そしてお前達の一人か二人を連れて病院に急いだ。
 私がその町に住まい始めた頃働いていた克明な門徒の婆さんが病室の世話をしていた。
 その婆さんはお前たちの姿を見ると隠し隠し涙を拭いた。
 お前たちは母上を寝台の上に見つけると飛んでいってかじり付こうとした。
 結核症であるのをまだあかされていないお前たちの母上は、宝を抱きかかえるようにお前たちをその胸に集めようとした。
 私はいい加減にあしらってお前たちを寝台に近づけないようにしなければならなかった。
 忠義をしようとしながら、周囲の人から極端な誤解を受けて、それを弁解してならない事情に置かれた人の味(アジワ)いそうな心持を幾度も味(アジワ)った。
 それでも私はもう怒る勇気はなかった。
 引きはなすようにしてお前たちを母上から遠ざけて帰路につく時には、大抵街燈の光が淡く道路を照していた。
 玄関を這入(ハイ)ると雇人やといにんだけが留守していた。
 彼等は二三人もいる癖に、残しておいた赤坊のおしめを代えようともしなかった。
 気持ち悪げに泣き叫ぶ赤坊の股の下はよくぐしょ濡ぬれになっていた。

 お前たちは不思議に他人になつかない子供たちだった。
 ようようお前たちを寝かしつけてから私はそっと書斎に這入(ハイ)って調べ物をした。
 体は疲れて頭は興奮していた。
 仕事をすまして寝付こうとする十一時前後になると、神経の過敏になったお前たちは、夢などを見ておびえながら眼をさますのだった。
 暁方(アケガタ)になるとお前たちの一人は乳を求めて泣き出した。
 それにおこされると私の眼はもう朝まで閉じなかった。
 朝飯を食うと私は赤い眼をしながら、堅い心(シン)のようなものの出来た頭を抱えて仕事をする所に出懸(デカ)けた。

 北国には冬が見る見る逼(セマ)って来た。
 ある時病院を訪れると、お前たちの母上は寝台の上に起きかえって窓の外を眺めていたが、私の顔を見ると、早く退院がしたいといい出した。
 窓の外の楓(カエデ)があんなになったのを見ると心細いというのだ。
 なるほど入院したてには燃えるように枝を飾っていたその葉が一枚も残らず散りつくして、花壇の菊も霜に傷いためられて、萎(シオ)れる時でもないのに萎(シオ)れていた。
 私はこの寂しさを毎日見せておくだけでもいけないと思った。
 然し母上の本当の心持(ココロモチ)はそんな所にはなくって、お前たちから一刻も離れてはいられなくなっていたのだ。

 今日はいよいよ退院するという日は、霰(アラレ)の降る、寒い風のびゅうびゅうと吹く悪い日だったから、私は思い止(トドマ)らせようとして、仕事をすますとすぐ病院に行ってみた。
 然(シカ)し病室はからっぽで、例の婆さんが、貰ったものやら、座蒲団やら、茶器やらを部屋の隅でごそごそと始末していた。
 急いで家に帰ってみると、お前たちはもう母上のまわりに集まって嬉しそうに騷いでいた。
 私はそれを見ると涙がこぼれた。

 知らない間に私たちは離れられないものになってしまっていたのだ。
 五人の親子はどんどん押寄せて来る寒さの前に、小さく固まって身を護ろうとする雑草の株のように、互により添って暖みを分ち合おうとしていたのだ。
 然(シカ)し北国の寒さは私たち五人の暖みでは間に合わない程寒かった。
 私は一人の病人と頑是(ガンゼ)ないお前たちとを労(イタ)わりながら旅雁(リョガン)のように南を指して遁(ノガ)れなければならなくなった。」

 子供が生まれ、家庭生活の雑事が作家生活を脅かし、妻との葛藤も招いていたが、事態はそれを上回って悪化した。
 いったいどうやって戯曲や短編などを書いていたのか?
 不眠との戦い、後悔と懺悔と哀しみ、突きあげる慟哭……。
 頭を切り換えてペンを走らせる力はどこから出ていたのだろうか?

「知らない間に私たちは離れられないものになってしまっていたのだ。」

 この一文は『小さき者へ』の核心と言えよう。
 耐え難い苦の中にある子供たち、母親、父親。
 苦が、家族同士へ互いを思う堅固不抜(ケンゴフバツ)な絆をもたらした。
 暖かみを分かち合うのは寒いからだけではない。
 
 さて、私たちには、こうした〈分かち合い〉がどれほどあるだろうか?




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0
<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

消えた因縁 ─心の檻(オリ)から脱した話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

「みやぎシルバーネット」20周年おめでとうございます ─無私の編集長につながる方々─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

平成28年12月の行事予定 ─護摩・書道・寺子屋・お焚きあげ─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 行事・お知らせ ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ