コラム

 公開日: 2012-09-15  最終更新日: 2014-06-04

あの世へ行けば本当に十三仏様と会えるのか?(その3)

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈お骨を預かる納骨堂『法楽殿』をお守り下さる十三仏様〉

 そろそろ結論を書かねばなりません。
 なぜ、私は十三仏様に会えると信じているのか?
 と言うよりも、お会いしていると感じつつ修法を行っているのか?
 感じていることそのものに根拠は不要であり、事実の科学的証明もできませんが、こうした体験をもたらしているものに関して、道理であると考えている内容の一端を書いておきます。

1 人は死んでも何かは残る

 私たちが男として女として、おとなしい子として暴れん坊として、丸顔で角顔で──、というふうに、特定の特徴を持った存在Aとして生まれてくる原因は過去にしかありません。
 原因には結果が伴い、結果は原因からもたらされる以上、過去世・現在世・未来施のつながりを想定する輪廻転生(リンネテンショウ)は否定できません。
 また、死んでそれっきりなら、ご遺体やお骨を大切にとり扱う理由はなく、死後の供養などもすべて無意味ですが、人類は、歴史が始まって以来ずっと敬虔な心で死者を送り、悼み、祀り、供養してきました。
 また、現代科学ではあの世のありようについて物理的解明ができなくても、私たちはご先祖様方と同じく第六感であの世を感じ、御霊を感じています。
 物理学の世界では、「あそこにまだ発見されていない星があるはず」「まだ発見されていない素粒子がなければ理論的に成り立たない」などと気づいたところから探求が行われ、しばらく経ってから、予想された発見がもたらされたりします。
 それと同じように、私たちが感じているこの世ならぬ世界のありようが科学的に明らかにされるためには、もっともっと歴史が進み叡智が磨かれねばならないのでしょう。

2 死後に残った何ものかは、この世が空(クウ)であるのと同じく空(クウ)の世界で変化する

 現世が空(クウ)である以上、現世をもたらす原因となった過去世も空(クウ)であり、現世の結果として到来する来世も空(クウ)でなければなりません。 

3 私たちがこの世で心におわすみ仏に導かれるのと同じく、あの世の何ものかもまた、み仏に導かれる

 私たちは生まれてから死ぬまで、不断の変化の中にあって、親や先生や先輩や上司や賢者に導かれて成長し続けます。
 一方、最も確かな導き手であるみ仏が私たちの心中におわすという真実は、くり返し、聖者方によって説かれています。

「衆生界(シュジョウカイ)とはこれ如来蔵(ニョライゾウ)なり。
 如来蔵(ニョライゾウ)とは即ちこれ法身(ホッシン)なり」

 生まれ、迷い、死ぬ私たち凡夫の世界は単なる迷界なのではなく、一人一人の心にみ仏が蔵されている〈本来は仏〉の世界です。
 だから、み仏が、この世では親となり、先生となり、先輩となり、上司となり、賢者となって私たちを導きます。

 あの世における十三仏も、同じように初七日を不動明王となって導き、四十九日を薬師如来となって導き、百か日を観音菩薩となって導き、三回忌を阿弥陀如来となって導きます。
 そして沈思黙考(チンシモッコウ)すれば、気づきます。
 不動明王の、動ぜず、迷いを断とうとする心は自分にもある。
 薬師如来の、弱き者を癒し励まし、力をつけようとする心は自分にもある。
 観音菩薩の、縁に応じてあまねく手を貸そうとする心は自分にもある。
 阿弥陀如来の、誰へも安心を与えたいという心は自分にもある。
 きっと、自分も、知らぬ間に誰かを導いているに違いありません。
 ──小さな不動明王として、あるいは目立たぬ観音菩薩として。

4 結論

 つまり、十三仏のお導きとは、導師の修法とご本尊様のご加護により、私たちの心におわすみ仏方が救いの光を発し、合掌する私たちがみ仏となって御霊を供養するところに本旨があるのです。

5 補遺

 1933年に波動形式の量子力学でノーベル物理学賞を受賞したエルヴィン・シュレーディンガーは、生涯、インド思想に関心を持ち続けました。

「宗教は科学に対抗するものなのではなく、むしろ宗教は、これとかかわりのない科学的な研究のもたらしたものによって支持されもするものなのであります。
 神は時空間のどこにも見出せない。
 これは誠実な自然主義者の言っていることであります。」

「我々は誰でも自分自身の経験と記憶の総和は一つのまとまったものを成しており、他の誰とも画然と区別がつくということを疑う余地のないほどはっきり感じています。
 そして、これを『私』と呼ぶわけです。
 では、この『私』とは一体何でしょうか。
 もしこの問題を深く立ち入って分析するなら、それは個々のデータを単に寄せ集めたもの、すなわち経験や記憶をその上に収録した画布のようなものだということに気づくでしょう。
 そして、よく考えてみれば、我々が『私』と呼んでいるものの本当の内容は、それらの経験や記憶を集めて画を描く土台の生地だということがわかるでしょう。」

 仏教は2000年以上にもわたって、この〈生地〉がいかなるものであるかを探求し続け、今の仏教哲学に至りました。

 心の〈生地〉は幾層にもなっており、その最深部は端のない広大なみ仏の世界に溶けこんでいます。
 その世界から不動明王も阿弥陀如来も顕れます。
 宗教宗派を問わず、み仏方は、救いを求める者を必ずお導きくださるのです。
 こう信じ、善男善女の求めに応じて年忌供養の修法を重ねています。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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