コラム

 公開日: 2012-09-17  最終更新日: 2014-06-04

親の思いを知る手がかり ─有島武郎作『小さき者へ』を読む(その7)不幸が生む愛─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 有島武郎は、人間が哀しみや淋しさ、あるいは切なさに襲われることは深い人生体験であると肯定している。
 人生へ訪れるものをすばやくマイナスとプラスに分け、プラスの中でだけ明るく軽々と生きようとはしない。
 そうした懐の深さ、柔軟な強靱さは真の優しさを含んでいる。

「雨などが降りくらして悒鬱(ユウウツ)な気分が家の中に漲(ミナギ)る日などに、どうかするとお前たちの一人が黙って私の書斎に這入(ハイ)って来る。
 そして一言パパといったぎりで、私の膝ひざによりかかったまましくしくと泣き出してしまう。
 ああ何がお前たちの頑是(ガンゼ)ない眼に涙を要求するのだ。
 不幸なものたちよ。
 お前たちが謂(イワ)れもない悲しみにくずれるのを見るに増して、この世を淋しく思わせるものはない。
 またお前たちが元気よく私に朝の挨拶あいさつをしてから、母上の写真の前に駈けて行って、『ママちゃん御機嫌ごきげんよう』と快活に叫ぶ瞬間ほど、私の心の底までぐざと刮(エグ)り通す瞬間はない。
 私はその時、ぎょっとして無劫(ムゴウ)の世界を眼前に見る。
 世の中の人は私の述懐を馬鹿々々しいと思うに違いない。
 何故(ナゼ)なら妻の死とはそこにもここにも倦(ア)きはてる程夥(オビタダ)しくある事柄の一つに過ぎないからだ。
 そんな事を重大視する程世の中の人は閑散でない。
 それは確かにそうだ。
 然(シカ)しそれにもかかわらず、私といわず、お前たちも行く行くは母上の死を何物にも代えがたく悲しく口惜しいものに思う時が来るのだ。
 世の中の人が無頓着だといってそれを恥じてはならない。
 それは恥ずべきことじゃない。
 私たちはそのありがちの事柄の中からも人生の淋しさに深くぶつかってみることが出来る。
 小さなことが小さなことでない。
 大きなことが大きなことでない。
 それは心一つだ。

 何しろお前たちは見るに痛ましい人生の芽生(メバ)えだ。
 泣くにつけ、笑うにつけ、面白がるにつけ淋しがるにつけ、お前たちを見守る父の心は痛ましく傷つく。

 然しこの悲しみがお前たちと私とにどれ程の強みであるかをお前たちはまだ知るまい。
 私たちはこの損失のお蔭で生活に一段と深入りしたのだ。
 私共の根はいくらかでも大地に延びたのだ。
 人生を生きる以上人生に深入りしないものは災(ワザワイ)である。」

 有島武郎は、心を傷つけ、悩ます不幸な状況が「人生に深入り」させ、人生に意義をもたらすと言う。
 私たちの多くは、不幸を望まない。
 自然に幸福を求める。
 しかし、不幸を体験しない人はいない。
 時として、生まれてきたことさえ、不幸と感じる。
 求めつつ得られない幸福、求めはしないのにやってくる不幸、こうした不如意の中でこそ「深入り」するとは、人生は何と不思議なしくみであろうか。

 ふり返ってみれば、現代の私たちは、あまりにも「深入り」を避けているとは言えないだろうか?
 生老病死は根源的な不如意である。
 愛するものとの別離も、憎み怨むものとの出会いも、求め尽くせない欲求も、生きている限り苦を免れない心身の縛りも、逃れられない宿命である。
 お釈迦様はそれを苦と言われた。
 私たちはややもすると、苦を〈なかったこと〉あるいは〈ないもの〉として、いつも蝶のように気ままに軽々と生きようとしてはいないだろうか?
 傷つくことを常に怖れ、小さな傷にたちまち呑み込まれてしまっているのではなかろうか?
 もしかすると、「深入り」しないで済むという幻想こそ現代の日本人が陥っている最大の錯覚であり、錯覚が卑劣、怯懦(キョウダ)、無慈悲などの温床となっているのではなかろうか?

 有島武郎は、幼くして母親を失った「不幸な」子供たちへ、さらに「不幸な」他者への眼を持てと説く。

「同時に私たちは自分の悲しみにばかり浸(ヒタ)っていてはならない。
 お前たちの母上は亡くなるまで、金銭の累(ワズラ)いからは自由だった。
 飲みたい薬は何んでも飲む事が出来た。
 食いたい食物は何んでも食う事が出来た。
 私たちは偶然な社会組織の結果からこんな特権ならざる特権を享楽した。
 お前たちの或(ア)るものはかすかながらU氏一家の模様を覚えているだろう。
 死んだ細君から結核を伝えられたU氏があの理智的な性情を有(モ)ちながら、天理教を信じて、その御祈祷で病気を癒そうとしたその心持を考えると、私はたまらなくなる。
 薬がきくものか祈祷がきくものかそれは知らない。
 然(シカ)しU氏は医者の薬が飲みたかったのだ。
 然(シカ)しそれが出来なかったのだ。
 U氏は毎日下血しながら役所に通った。
 ハンケチを巻き通した喉からは皺嗄(シワガ)れた声しか出なかった。
 働けば病気が重(オモ)る事は知れきっていた。
 それを知りながらU氏は御祈祷を頼みにして、老母と二人の子供との生活を続けるために、勇ましく飽くまで働いた。
 そして病気が重(オモ)ってから、なけなしの金を出してして貰った古賀液の注射は、田舎の医師の不注意から静脈を外れて、激烈な熱を引起した。
 そしてU氏は無資産の老母と幼児とを後に残してその為めに斃(タオ)れてしまった。
 その人たちは私たちの隣りに住んでいたのだ。
 何んという運命の皮肉だ。
 お前たちは母上の死を思い出すと共に、U氏を思い出すことを忘れてはならない。
 そしてこの恐ろしい溝を埋める工夫をしなければならない。
 お前たちの母上の死はお前たちの愛をそこまで拡げさすに十分だと思うから私はいうのだ。」

 お前たちは「不幸なもの」だが、不幸を通して「人生に深入り」した地点から生まれる愛を他の「不幸なもの」へ向けよと言う。
 お前たちの母親は、それだけの愛をお前たちにかけたのだと言う。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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