コラム

 公開日: 2012-10-28  最終更新日: 2014-06-04

寺子屋の教え『実語教・童子教』を考える(その44)─人の貴さと心の豊かさそして安全と安心について

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 江戸時代まで寺子屋などの教材として広く用いられていた『実語教・童子教』を見直しましょう。
 一度聞いたら忘れられない警句などがふんだんに含まれています。

1 人の貴さ

「生れながらにして貴(タット)き者無し  
 習い修して智徳(チトク)とは成る
 貴き者は必ず冨まず  
 冨める者は未(イマ)だ必ず貴からず」

(生まれながらにして人として貴く生きられる人はいない。
 人の道を学習し、修めてこそ、智徳のある人すなわち貴く生きている人となる。
 貴く生きている人は必ずしも財物に富む人ではない。
 財物に富む人はかならずしも貴く生きている人ではない)

 お釈迦様は説かれました。

「螺髪(ラホツ…行者の髪型)を結っているからバラモンなのではない。
 氏姓によってバラモンなのでもない。
 生れによってバラモンなのでもない。
 真実と理法とを守る人は安楽である。
 彼こそ真のバラモンである」

(姿形がそれらしいからといって、バラモンすなわち尊ばれるべき修行者ではない。
 氏姓によってバラモンなのでもない。
 生れによってバラモンなのでもない。
 真実を把握し、理法にそった生き方をしている人こそ、修行の目的である真の安楽を得られる。
 このような人こそ、真のバラモンである)

 お釈迦様は、カースト制度という誰も手をつけられない身分制度を持った社会に生まれながら、生き方こそが人間のレベルを決めるのだという革新的なメッセージを発しました。
 士・農・工・商が厳しく定められていた日本の寺子屋でも「生れながらにして貴(タット)き者無し」といった教えが説かれていたことには、日本人の持つ大らかさが感じられます。
 生まれの身分でもなく、財産が多いか少ないかでもなく、人間として磨かれ輝いているかどうかが最も評価に値するという考え方は、貧富の差が酷くなり、親の収入や社会的地位と子供のそれが連動しがちになってきた今の日本でこそ、見直されるべきではないでしょうか。
 そして、子供たちへそれを説く大人たちは、それを信じて生きようとする子供たちへそれが実現できるフリーな社会を用意してやる義務があると言えます。
 そうでなければ、「こう生きなさい」と導く一方で、〈そう生きられない〉社会に迎え入れるという欺瞞を行うことになります。
 もしも大人たちが子供たちへ裏切り行為を行えば、それを原因とする結果がどのようになるか、考えるだに恐ろしくてなりません。
 
 子供たちを理想の方向へ導くには、まず、大人が理想を生きて見せねばならず、少なくとも理想を生きようとしなければ子供の導きようはありません。

2 心の豊かさ

「冨めりと雖(イエド)も心に欲多ければ  
 是(コレ)を名づけて貧人(ヒンジン)とす
 貧なりと雖(イエド)も心に足(タ)れりと欲(ホッ)せば  
 是(コレ)を名づけて冨人(フジン)とす」

(財物に富む人でも心に欲望が多ければ、
 真に富む人ではなく、貧しい人であると言わねばならない。
 貧しい人でも、満足と感謝を覚えられる人は、
 真に富む人と言える)

 安全と安心は違うのと同じく、モノに富むことと心が豊かであることは違います。
 社会は安全をもたらし得ますが、安心はもたらし得ません。
 なぜなら、安全はある程度レベルとして測り得ますが、安心は測れないからです。
 
 原発事故による危険と安全が線引きされている付近で、Aさんは動ぜず、頑張り抜いてきました。
 より安全なところへ脱出できないわけではありませんが、逃げたとて今より安心な生活ができるとは思えないからです。
 よしんば放射能の影響を受けようとも、顔見知りで信頼できるご近所さんとこれまで以上に助け合いながら暮らした方が安心であると判断されたのです。

 もちろん、モノに富むことと心豊かであることが無関係ではありません。
 しかし、この違いをどの程度認識しているかによって人生観は大きく左右され、認識のあるなしは人が幸せに生きられるかどうかの決め手にすらなるのです。

 注意せねばならないのは、こうした心中のありようについて、安易に社会や政治へ解決を求めてはならないということです。
 私たちが社会から得られるものはあくまでも安全であり、モノの豊かさです。
 安心と心の豊かさは私たちが自分の心で決するしかありません。
 もしも私たちが社会へ安心と心の豊かさを求めるならば、お門違いと言うべきです。
 それは、私たちが社会から「こうしてあなたへ安心をあげますよ」「こうしてあなたの心を豊かにしてあげますよ」と猫なで声をかけられた時の不気味さと恐ろしさを想像してみればすぐにわかります。
 不気味さと恐ろしさの感覚はとても大切です。
 社会や政治や宗教が猫なで声で魔ものになろうとする時、その魔力に負けないためには決して欠かせないとすら言えます。
 よく考えてみましょう。
 その上で、子供たちをまっとうに導きたいものです。



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0
<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ