コラム

 公開日: 2012-11-18  最終更新日: 2014-06-04

ペットへの弔辞に想う ─人の死も……─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈ペット霊園『やすらぎ』さんでのご供養〉

 ペットのご葬儀を希望する方が増えています。
 弔辞を紙に書き、お柩へ入れる方もあります。

「Aちゃん、16年間、ご苦労様でした。
 あの世へ行ったなら、もう苦しまず、おじいちゃん、おばあちゃんと仲良く楽しく暮らしてくださいね。
 B夫
 C子」

 皆さんの心には、まぎれもなく〈あの世〉があります。
 希望としてのあの世は苦しみのない世界です。
 そして、ペットが動物と人間の隔てなく、先に逝った人間たちと再会できるはずだと思っています。
 もちろん、やがて自分もあの世へ行けば会えると信じています。
 こうしたあの世のイメージは私たちの心の原風景ではないでしょうか。
 また、安心世界への道行きがより確かなものになるようにと願って仏神へおすがりするのも、古代から伝わる人間共通のふるまいであり、区切をつけるための具体的方法でした。
 区切とは、一つには、旅立つ者にとっての〈この世とあの世の区切〉であり、もう一つには、送る者が無常を自分へ納得させる〈心の区切〉です。

 B夫さんとC子さんの弔辞に震える思いがする一方で、人間の死の扱いについてまたもや問題意識が頭をもたげます。
 ペットを最高の方法で送りたいならば当然、人間も、自分たちの力を超えた存在であるみ仏のお力による最高の方法で、安心なあの世へ確実にお送り申し上げたいものです。
 しかし、今の私たちは、ここのところをおろそかにしつつあるのではないでしょうか。
 安く便利に簡単に日常的な思考と方法で済ます、これで良いのでしょうか。
 お金をかければ、不便な形で、込み入った手順でやった方が良いというのではありません。
 効率第一的発想で、日常的できごとの一つとして〈立ち止まらずに済ましてしまう〉ことが果たして許されるものか、こうした文化は底が溶けつつあるのではないかと、深く疑問を抱いてしまうのです。
 大震災後、せっかく立ち止まった私たちは、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の喩えどおり、早くも忘れつつあるかのようです。

 そもそも、死という絶対的次元にあるできごとへの対応までも、日常的思考の範囲で行えると考えるのは思い上がりではないでしょうか?
 思い上がらない私たちは遙かなご先祖様の時代から、仏や神を尊び、絶対的次元のことごとについては伝えられた方法を実践しつつ、この世とあの世に通じる安心を得てきました。

 生も死もその一部である自然の創造と破壊の力もまた、絶対的な人間の手の届かない世界です。
 今回の原発事故は、夜叉の面を見せつけられた典型的な例です。
 その道のプロは言いました。
「想定外でした」
 しかし、人間の叡智はまだまだ開発途上であり、私たちの「想定」など、たかが知れています。
 まっとうな人間は敬虔さと謙虚さを失いません。
 たとえどんなに成功しようと、たとえどんなに有名になろうと、たとえどんなに権力を得ようと、たとえどんなにお金持ちになろうと……。
 敬虔さは、私たちを超えた存在を前提にし、謙虚さは、己の未熟さを前提にしています。
 敬虔さと謙虚さを持っている人は、自分のはからいなど、たかが知れていると知っているのです。

 ならば、人類を破滅させかねないほど恐ろしい諸刃の剣である原子力の利用については、途方もない慎重さが求められるはずです。
 効率的だから、儲かるから、といったレベルでの判断よりも、人類への誠実さが第一でなければなりません。
 私たちは底知れぬ自然の猛威をもっともっと怖れ、畏れるべきではないでしょうか。

 私たちは、人間であれ、ペットであれ、誰かの死にやり場のない思いを抱いた時、「ああ」という慟哭と共に非日常の世界へ引き込まれ、靄の向こうに仏や神を求めます。
 また、大自然の猛威に打ちのめされた時、忘れていた自分の矮小さに気づき、次元の違う力の持ち主である何ものかを心から怖れます。
 よしんば仏や神をはっきりとは感得できなくても、自分の心中の深いところが動いて立ち止まらずにはいられない〈その時〉を大切にしましょう。
 立ち止まる人の心には必ず敬虔さと謙虚さが湧いているはずです。
 たとえ対象が仏であろうと、神であろうと、自然であろうと──。
 そして、この敬虔さと謙虚さこそが文化を底支えし、文化に豊かな彩りと潤いを与えてくれている宝ものです。
 高慢さによる暴走や破壊や破滅を食い止める宝ものです。
 立ち止まる時にはしっかり立ち止まり、まず、無知を知り、よく学びましょう。
 一生に何度もない貴重な機会を〈いつも通り〉にやり過ごすよりは、逝った人やペットのためになり、自分のためにもなるに違いありません。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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