コラム

 公開日: 2012-11-19  最終更新日: 2014-06-04

お葬式は何のために行うのか ─法を結ぶ、引導を渡す─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 このテーマについてはこれまで何度も書きました。
 それでもご質問は絶えません。
 今回は、これまでとは多少異なった面も含めて書いておきます。

 お葬式は誰のために行われるのでしょうか?
 もちろん、亡くなった方のためです。
 ご遺族も参列者も、送る自分のためなどとは誰一人、思っていないはずです。

 では、亡くなった方を相手に、導師は法力(ホウリキ)で何を行うのでしょうか?

 この世とあの世の区切りをつけてさしあげるのです。
 
 どうやって?

 もちろん、導師はいわゆる超能力者などではないので、み仏のお力が御霊へ及び、きちんとあの世へ旅立てるよう所定の法を結ぶのです。

 法を結ぶとはどういうことでしょうか?

 私たちは普通、世間的な心や思考によって生きています。
 こうした私たち凡夫の日常生活を律するものを世法(セホウ)といいます。
 一方、私たちの心におわすみ仏の心や智慧の世界も厳然としてあります。
 こうしたみ仏の世界に流れているものを仏法といいます。
 法を結ぶとは、この世にある〈この身このまま〉で、仏法の世界へ入ることです。
 仏教の行者が修行する目的は当然、悟りを開いて自他を救うことですが、超人的な行者は別として、誰もが悟りを開けるわけではありません。
 しかし、まじめに信じて所定の修行を重ねれば、仏法の世界へ入る体験はできます。
 いかに深く入れるかは、仏法による力すなわち法力がいかに身につくかにかかっています。
 だから、「法を結ぶ」とは、所定の修法により、法力を発揮できる世界へ入ることを意味します。
 行者だけでなく、修法を求める方々をも別世界へお導きするケースはたくさんあります。
 それは、法力によって最初に結界(ケッカイ)を張るので、結界内の方々は当然、魔法の絨毯に載せられたように別世界へ入っていることになります。
 修法後、別世界を感じましたと言われる方々も少なからずおられます。

 さて、お葬式ではどのように法を結ぶのか?

 故人にみ仏の世界へ還っていただくために、み仏の子としての心を明確にしていただかねばなりません。
 それには、私たちが祈りの最初に懺悔をするのと同じように、懺悔をしていただきます。
 だから、導師は懺悔の言葉をお伝えします。
 次に、心からみ仏を敬い尊ぶ心にならねば、あの世の道行きは不安定になるので、深く帰依する言葉をお伝えします。
 次に、戒律をお伝えします。
 そうした上で、み仏から降りた戒名をお伝えします。
(戒名を求められない場合は、俗名のままとなります)
 最後にみ仏の世界を明示した上で、引導(インドウ)を渡します。
 引導とは御霊を浄土へ導くことをいい、言葉と〈あの世へ渡す法〉の二つをもって行います。
 この最後にかける言葉は、お釈迦様が叔母さんをあの世へお送りする際に栴檀香木(センダンコウボク…栴檀など佳い香りを発するもの)を捧げて話しかけた故事に由来しています。

「一切の行は無常なり
 生ずる者は必ず死することあり
 生ぜざれば死せず
 この滅を最楽となす」

 この経典が基となり、さまざまな〈語りかけ〉が行われるようになりました。
 そして、行者のすべてをかけ、一瞬であの世へお渡しするのです。
 これができなければ導師を務める資格はなく、できなくなれば引退せねばなりません。
 僧侶は、ご縁の方々のこの世の幸せのために求められた説法を行い法を結ぶ一方、あの世の安心のために引導を渡すべく修行を重ねて止まない一行者です。
 引導を渡せなくなったならば、手術できなくなった外科医と同じであり、医師がメスを置くように、導師の席から降りねばなりません。

 お葬式はこのように行われる厳粛なものであり、行者にとっても導師たり得る本物かどうかが厳しく問われる関門です。

 ところで、仏教はとても幅広く、「葬儀における戒律は参列者へ与えられ、それによって亡くなった方は安心できる」と説く方もおられます(『文藝春秋』12月号など)が、それはそれです。
 また、「お釈迦様はお葬式をしなかった」と一部の文献を元にしてお葬式を否定する方もおられますが、それはそれと言うしかありません。
 そもそも、お釈迦様は徹底した対機説法(タイキセッポウ…相手に応じた説き方)をされたので多様な説き方となっており、仏教は生きものとして人間の歴史と共に変化し発展しています。
 お告げではなく道理と哲学の宗教なので、常に研究され、深められ続けるのは当然です。
 人はご縁に応じて学び、信じ、行います。
 あまり他をあげつらわず、自分に課せられたこの世での役割を淡々と果たしましょう。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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