コラム

 公開日: 2012-12-11  最終更新日: 2014-06-04

三十七の菩薩(ボサツ)の実践(第三十二回) ─自分を誇らず他人を誹謗しない─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 菩薩(ボサツ)行の実践法、第32回目です。

「煩悩(ボンノウ)にかられて菩薩(ボサツ)の方々の
 過失を非難するならば、結局自らを衰退させるだけ
 それゆえ、大乗者(ダイジョウシャ…大乗仏教の道を歩む人)の過失をいっさい口にしない。
 それが菩薩の実践である」

 戒律を説いた経典に『梵網経(ボンモウキョウ)』があり、戒律を破れば教団から追放されるだけでなく、もし悔い改めても二度と出家修行者にはなれないという厳しい波羅夷罪(ハライザイ)が示されています。
 その第七番目「自讃(ジサン)毀他(キタ)」は、自画自賛し、他を貶めることです。

「菩薩ならば、いっさいの生きとし生けるものに成り代わって痛みを受け、悪しきことは自分へ向け、好きことは他人へ向けねばならない。
 それなのに、もしも、自分の徳の高さを誇り、他人の優れている面を隠し、他人が謗りを受けるように仕向けるならば、波羅夷罪となる」

 菩薩の根本には、お地蔵様と同じ代受苦(ダイジュク…身代わりとなって我が身に苦を受ける)があります。
 苦に悩む人々を見捨ててはおけないのです。
 それが、「悪しきことは自分へ向ける」と重ねて説かれています。
 しかも、嬉しくなり楽しくなる「好きことは他人へ向ける」心が必要です。

 しかし、まっとうに生きたいと願っている人でもなかなかここまではできません。
「自分の辛さに耐えるので精いっぱいなのに、他人のことまで構っている余裕はありません」
「何かよいことがあればようやくホッとするのに、それを他人様へ渡してしまう余裕はありません」
 こんな声が聞こえてきそうです。

 それはそうです。
 誰でも、自分が生きるのに精いっぱいという世知辛い世の中になりました。 
 特に若い方や独身女性には厳しい時代です。
 しかし、いつの世も、幸せを自分のところにだけ集めようとする猪八戒(チョハッカイ)の熊手を持つ心では、なかなか、落ちついた幸せがやってきはしません。
 幸せはそこここに転がっているわけではなく、パイの奪い合いで手に入れられるものではないからです。

 ここでは、誰かを誹謗してはならないと説かれています。
 一つには、そうやって相対的に〈自分の方が上にいる〉とする心は嫉妬心を増大させるだけで、自他のためになる何ものをも生まないからです。
 一つには、誹謗の底にある怒りが破戒欲と思考を停止させる力を伴っており、自他のためにならないからです。
 一つには、未熟な自分などにはそれとは知られなくても、菩薩道を歩んでいる人々がそこかしこにおられるはずであり、そうした人々を軽々に誹謗してみても自分の未熟さが解消されはしないからです。
 そして、もしも誰かの菩薩道を邪魔するならば、もはや、菩薩道を歩む資格はなくなるからです。
 これが「自らを衰退させる」の意味です。
 恐ろしいとは思いませんか?

 自分がまっとうに生き、幸せになりたいならば、愚かしい人については反面教師として学び、愚かさに憐憫を感じ、自らの中にも同じような愚かさがないかどうか省みたいものです。
 他を誹謗しても心は決して明るくならず、他のためになった時こそ心に青空が広がることを体験上知ってはいるのに、なかなか徹底できません。
 簡単にお地蔵様のようなわけにはゆきません。
 もちろん、お地蔵様が私たち凡人とは違う次元におられればこそ私たちは合掌し、憧れるのですが、もう一歩進めて、「お地蔵様になりたい」と思いたいものです。
 
 ダライ・ラマ一世は説かれました。

「一般になすべきことは、『すべての衆生の恩』について考えることであり
 特別になすべきことは、『浄化の瞑想』である
 敵は自分自身の中にあるのだから、自身の煩悩を教化するように」

 誰かを敵として攻撃する心は狭く、生きとし生けるもの全体への感謝をこそ持てと説かれています。
 浄化の瞑想とは、必ずしも専門的なものばかりではなく、観音様やお地蔵様に憧れ「観音様やお地蔵様になりたい」と願い、よきイメージを心に保ち真言を唱えることも含んでいます。
 自分の周囲に敵を見つけて攻撃するよりも、自分自身の中にある自己中心で気ままな心をこそ敵として立ち向かえと説かれています。
「自讃(ジサン)毀他(キタ)」という穢れた心から早く離れたいものです。
 こうして菩薩行を実践すれば、決して何者にも毀(コワ)されない幸せが訪れることでしょう。



 
 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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