コラム

 公開日: 2012-12-12  最終更新日: 2014-06-04

「あなたが欲しい」は愛なのか?

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈負傷した足を救ってくれた故人愛用のイス〉

 愛の文字が氾濫している。
 若者にとって、至上の価値は愛にありそうだ。
 では、愛とは何か?
 普通、AさんがBさんを愛しているという場合、Bさんは、あくまでも〈AさんにとってのBさん〉だ。
 そこには必ず、Bさんは自分のものという所有欲がはたらいている。
 BさんはAさんのものだからこそ、愛(イト)しいし、愛(メ)でようとする。

 ところが、何かのはずみでBさんとの間に隙間ができれば、Aさんの愛はたやすく憎しみに変わる。
 Bさんを恨み、その行動に嫉妬し、あげくの果てはストーカーになり、殺人事件まで引き起こしたりする。
 こうなったのは、自分のものでなくなったからだ。
 Aさんの所有欲が満足させられている間は愛し、所有欲が充たされなくなれば憎む。
 何と自己中心的であることか。

 自己中心はBさんも同様だ。
 自分を大切にしてくれるAさんだからこそ近づきたい気持を受け入れ、愛したりもする。
 しかし、期待していたほどでなければ、愛が醒めたりする。
 これは自分の都合ではないか?
 やはり、関心があったのは〈BさんのとってのAさん〉でしかない。

 いかに小説やマンガで推奨されようと、こうした自己中心的な愛に人生をかけようとするなど、若気の至りと早く気づいた方がよい。

 み仏の慈悲、慈愛はまったく違う。
 自己中心ではないからである。
 み仏にとっては〈私にとってのあなた〉という構図はないし、み仏は「まず自分ありき」を離れなければ自他共に救われないと説く。
 慈悲は、自分もあなたも同じという意識のあるところにしか生まれない。
 私もあなたも、あの人もこの人も、同じく苦を厭(イト)い楽を求め、同じく喜怒哀楽し、同じく衣装をまとい、同じく語り、同じく飯を喰い、同じく大小便を出し、同じく寝る。
 私への関心とあなたへの関心に違いはなく、あなたが虫歯の痛みをうったえれば、自分の虫歯が痛い時と同じく耐えられない気持になる。
 この時、あなたは、〈私にとってのあなた〉ではなく、〈あなた自身〉として私の関心の対象であり、さらに言えば、〈あなた〉と〈私〉と二つに分ける意識すらなくなっている。

 私は妻にそのことを教えられた。
 娑婆にいたおりも、出家してからも、妻はずっと私の戦友だった。
 妻が不機嫌になったり、不調になったりすれば、私は、勝手に退却しようとしている部下を抱えて突撃せねばならない将校だった。
 傷ついた部下をいたわる衛生兵でありながら、最前線で砲火を交える歩兵でもあり、かつ、戦況を考える隊長も兼務していた。
 自分の戦いから切り離せないという意味では一心同体だったが、妻は数年に一度、まるで思い出したように「お父さんが言うように、一心同体ではないよ」と口にした。
 別にケンカしたわけでもないのにこう言われると、私はおもしろくないというよりも、「何で?」と不思議だった。
 時折、抵抗はしても、決して裏切らずについてきてくれていたからだ。

 妻が一度目に倒れた時、私は、妻が背負っていた役割を補うのに無我夢中だった。
 妻は病魔によって〈役割を解かれた人〉として、ただ、そこにいた。
 私は、それを相手に、自分の新たな任務をまっとうすべく、睡眠時間を減らして戦った。
 戦いは劇的な勝利の瞬間を迎え、また、二人して新たな戦いを始めた。
 妻が二度目に倒れた時、妻は〈役割を解かれた人〉としてではなく、私と同じ人間として、そこにいた。
 温かい味噌汁を与えれば喜ぶ──。
 今まで、私が温かい味噌汁を与えられるのは、笹倉山に黒っぽい雲がかかればやがて風が吹き、次いで雨や雪がやってくるのと同じく、当然であり、一人の人間が一人の人間へ食事を与えることの重さに気づかなかった。
 ここまで生かしてくださった仏神への感謝があらためて起こった。

 こうして妻は負傷した戦友でありながら、同時に、私と同じ人間として、私の関心の対象となっている。
 私にとって、妻への関心は、私への関心と等しい。
 思えば、当病平癒を祈る時、願主の治りたいという思いを自分の思いとして祈ってきた。
 火葬場で最後の別れを行う時、ご遺族の身を斬られる思いを共有する気持で修法してきた。
 願主への関心も、ご遺族への関心も、私への関心と変わりはなかった。
 しかし、妻だけは戦う自分と一体であると思い込んでいたために、戦友としての関心しか持てなかったのかも知れない。
 今さらながらに、無口な妻の「一心同体ではないよ」へ込めていた思いが胸に迫ってきて切なく、情けなくなる。

 愚かな私は自分の棺桶を側へ置くような毎日を送るところまで来てようやく、勘違いに気づきました。

 定年を間近にしている方々よ、伴侶はあなたの戦友だけなのではありません。
 戦闘終結を向かえる前にできるだけ早く気づき、伴侶に対して、ご自身への関心と同じレベルの関心を持ってください。
 あなたが作った味噌汁を口にして微笑む伴侶の笑顔に、あなたが伴侶から与えられていたものの大きさを知ってください。
 そうすれば、熟年離婚の危機はかなり回避できることでしょう。
 もちろん、このあたりは、共稼ぎの方々にはとうの昔にわかっておられたことでしょうが……。

 若い方々よ、あなたが異性を欲しいと思う時、その気持をたやすく愛という名のこれ以上ない価値であると考えないでください。
 愛しいと思う気持に所有という我欲がベッタリと貼りついていれば、それは、自他を幸せにするみ仏の慈愛ではなく、性欲の発露です。
 そのレベルにとどまっている限り、性欲に伴う執着心が絶えずはたらき、自分を傷つけ、相手を傷つけ、共にズタズタになる危険性と隣り合わせで日々を送らねばなりません。
 性欲の対象は無数にあり、感情は常に変化し、執着心に染められた愛は憎悪や嫉妬を裏面としたコインの表側でしかないからです。
 そこを入り口として、〈私にとってのあなた〉を超えた〈あなた自身〉という人間そのものへ深い思いやりをかけられるようになれば、本当の愛すなわち慈愛へ近づくことでしょう。

 私たちは、死ねば閻魔(エンマ)様のテストを受けねばなりません、
 洞窟へ追いやられ、仏性の輝いている人は洞窟を照らし出して安楽な道へと進めますが、輝いていない人は暗黒の世界へ行くしかありません。
 慈愛こそ仏性の発露です。
「あなたが欲しい」を超え「あなたのために」と真の愛を発揮しつつ生きたいものです。



 
 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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