コラム

 公開日: 2012-12-26  最終更新日: 2014-06-04

三十七の菩薩(ボサツ)の実践(第三十七回) ─積んだ功徳はすべて生きとし生けるもののために手放す

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 菩薩として生きる方法を学ぶ講座も最終回となりました。

「以上のように精進努力して、成し遂げられた諸善を
 限りなき衆生の苦しみを取り除くため
 三輪無分別智(サンリンムフンベツチ)により、悟りを得るために廻向(エコウ…廻し向ける)すること
 それが菩薩(ボサツ)の実践である」

 これまでずっと、敵へも慈悲をもって対するなど、日常生活では発想できない菩薩のありようを学んできました。
 自分へ厳しくという姿勢の極みとも思えるみ仏のお導きでした。
 最後に、そうした我が身を梳(クシケズ)る努力の成果を自分へ向けようとしてはならないと厳しく釘を刺しています。
「衆生の苦しみを取り除く」
 あらゆる修行はこれが目的であることを忘れてはなりません。
 自分のいのちと心を無始の過去から守り育ててきてくれたありとあらゆる生きとし生けるものが苦しむさまを見捨てていられないからこそ、それを救えない自分でいるわけにはゆかず、気ままに気楽に煩悩のまま生きる生きたかと訣別したはずです。
 ならば、自分にとらわれず、相手にとらわれず、差し出すものにとらわれず(これが三輪無分別智です)、自分の善行の功徳をすべて、縁の相手へと手向けねばなりません。
 この功徳によって相手が悟りへ近づくことこそ、修行の目的なのです。
「悟りを得るため」の「悟り」は自分のものではありません。
 怒り、憎み、妬み、舞い上がり、落ち込み、争い、迷っているありとあらゆる生きとし生けるものの悟りです。
 なぜなら、苦がなくなるためには、悟りを開くしか方法がないからです。

「早朝に道路を掃いている功徳で、自分の病気が早く治りますように」
「貧乏から抜け出したいからボランティア活動にも励み、仏神の救いを待とう」
 こうした考え方での善行は菩薩の道ではありません。
 早朝に道路の掃除をする菩薩ならば、ゴミを散らかす行為が恐ろしい罰を招く悪行であることに早く気づいてくれるよう、見知らぬ愚かな人々へ自分の功徳をふり向けます。
 貧乏生活の菩薩ならば、自分が財物による人助けができぬことを詫びながら、「せめて汗だけでも」とボランティア活動に励み、自分よりもさらに困窮している人々のためにと自分の功徳をふり向けます。

 では、あらゆる〈ご利益〉はないではないか?
 真剣に当病平癒を願い、あるいは生活の安定を願い、仏神へ祈りをかけることは無意味なのか?
 仏神やご先祖様は私たちを見守り、お救いくださるのではなかったか?
 仏神もご先祖様も、決して見捨てはしません。
 しかし、おすがりする方法をまちがわないようにしましょう。
 道路掃除も、ボランティア活動も、それはそのまま〈下心〉なく、黙々と励めばよいのです。
「生きとし生けるものの苦を除くために、生きとし生けるものの幸せのために」と願いつつ、つまり〈菩薩の心〉で。
 一方、「何としても病気を治したい」「何としても生活を安定させたい」という祈りは祈りで、仏神を信じ、ご先祖様にすがればよいのです。
「~をするから~をください」という娑婆の〈取引感覚〉を離れて。
 このことは、読経の心構え通じています。
 たとえば、例祭でご一緒に般若心経を唱える時は、余計なことを考えず、般若心経に成りきって唱えるようお話ししています。
 もしも、宝くじが当たるようにと願いながら唱えるならば、身を調え口から出る言葉は般若心経、心が向いているのは宝くじとなっており、身体と言葉と心(身口意)がバラバラです。
 これではなりません。
 よき願いを達成しようとして宝くじを買い、当選を祈るのは善行です。
 しかし、願いのかけ方に問題があるのです。
 身口意すべてを挙げて唱え、み仏に成り切るところにこそ般若心経を読誦する真の意義があり、功徳が生まれます。
 当病平癒、生活安定、宝くじ当選などの目的を意識する時は、はっきりと意識し、いったん経文や真言の読誦へ入ったならば、それに成りきって即身成仏(ソクシンジョウブツ)するという、けじめ、メリハリが肝腎です。
 こうして最善を尽くせば精進が進み、周囲の縁も運勢もよくなり、仏神や御霊のご加護も重なってよき方向へと向かえることでしょう。

○終わりに

 ここまで37回、学んだことによって、皆さんが何か一つでも得られたものがあればありがたいことです。
 皆さんが、いっときでも仏性を発揮して即身成仏し、一歩でもみ仏へ近づくために役立てたならば本望です。
 おりおりに復習してみたいものです。
 皆さんのご多幸を祈っています。



 
 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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