コラム

 公開日: 2013-01-12  最終更新日: 2014-06-04

寺子屋の教え『実語教・童子教』を考える(その44)─人の貴さと心の豊かさそして安全と安心について

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






江戸時代まで寺子屋などの教材として広く用いられていた『実語教・童子教』を見直しましょう。
 一度聞いたら忘れられない警句などがふんだんに含まれています。

2 心の豊かさ

「貴(タット)き者(モノ)は必(カナラ)ず冨(ト)まず  
冨(ト)める者(モノ)は未(イマ)だ必(カナラ)ず貴(タット)からず
冨(ト)めりと雖(イエド)も心(ココロ)に欲(ヨク)多(オオ)ければ  
是(コレ)を名(ナ)づけて貧人(ヒンジン)とす
貧(ヒン)なりと雖(イエド)も心(ココロ)に足(タ)れりと欲(ホッ)せば  
是(コレ)を名(ナ)づけて冨人(フジン)とす」

(尊い人は必ずしも裕福な人ではない、
 裕福な人は必ずしも尊い人ではない。
 裕福であっても心に我欲が多ければ、
 その人は心の貧しい人である。
 貧乏であっても心に充実感のある生き方をしようとしていれば、
 この人は真に豊かな生き方をしている人と言うべきである。)
 
 私たちが人間として第一に求めるべきは心を成長させることであり、モノはその手助けとして生かされる道具の一つです。
 しかし、モノの豊かさよりも心の豊かさこそが求められるべきであるという倫理観は、今や、どこかへ吹き飛んでしまったかのようです。
 
 そもそも、日本における裕福な人は、貧しい人よりも一層、身を慎み、モノに比べてレベルが劣っている自分の心が知られないよう気を配りました。
 そして、モノのレベルへ追いつくよう、心の錬磨も行いました。
 貧しい人々を思いやり、日常的に手を差し伸べました。
 もちろん、皆が皆、そうしたわけではなく、身を持ち崩したり、恨みをかったり、鼠小僧次郎吉のような義賊に襲われたりする人もいましたが、上記のような倫理観があったことは確かです。
 事実、私が子供の頃、周囲にいたお金持ちたちは、その子供も含めておおむね好ましい〈密やかな何か〉を感じさせてくれたものです。

 私たちには、ないからとむやみに欲しがり、あるからと威張る「モノカネの奴隷」になるのは恥ずかしいという倫理観があったのです。
 そして、貧しい者は金持ちの愚かさ加減を堂々と見張り、金持ちは金持ちだけではない人になるよう何らかの努力をしていました。
 日本人全体として、モノカネのあるなしを超えたまっとうな倫理観の緩やかな共有があったのではないでしょうか。
 下級武士の清冽な生き方などを描いた藤沢周平の小説にもこうした空気は感じられます。

 いったい、いつから私たちはモノの奴隷になり始めたのでしょうか?
 最もモノがなかったはずの敗戦直後に倫理観が吹き飛んだという話は聞いたことがありません。
 むしろ、日本の復興がある程度進み、人々がどうにか生きられるようになり、「もっと、もっと!」となったあたりから、倫理観は薄くなっていったのではないでしょうか。
 私には忘れられないテレビの場面があります。
 臓器の斡旋か何かを行い、違法ではなくとも阿漕(アコギ)な商売で大金を掴んだ男が、テレビカメラの前で一万円札をばらまくのです。
 子供ながらに、哀れなほどの貧相、心の卑しさに反吐が出そうでした。
 しかし、今や、成功者たちが裕福度を誇り、子供や若者が裕福さに憧れて成功者をめざすという時代になりました。

 だからこそ、こうした教えが見直されねばなりません。
 11月11日付の産経新聞は衆議院議員中山恭子氏の「『文化のオリンピック』も日本で」を掲載しました。
 その中で、「江戸時代に全国の寺子屋で使われた教科書」として『実語教・童子教』に言及しています。

「小学校1年程度の子供たちが学び、庶民の子弟も男女を問わず高水準の教育を受けていた。」

 私たちは、経済発展を求める中で忘れ、放置していた心の宝ものをもう一度、見直さねばなりません。
 この『実語教・童子教』がまず、大人たちに再読され、その精神が子供たちへ、子々孫々へと伝えられるよう願ってやみません。



 
 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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