コラム

 公開日: 2013-01-14  最終更新日: 2014-06-04

ダライ・ラマ法王の『宗教を超えて』に思う

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。








 平成24年11月1日、ダライ・ラマ法王は『宗教を超えて』を記されました。
 冒頭の謝辞において法王は述べられす。

「本書の内容が、少しでも平和な、心温かな世界を建設する一助になることを切に願っております。」
「変化は徐々に、目覚めていくことによってもたらされるものなのです。
 そして目覚めは教育のみによってもたらされます。」

 目覚めをもたらすものが〈宗教〉でなく〈教育〉となっていることに、法王の並々ならぬ覚悟が顕れています。

 序文です。
 77才になられた法王は世界の過去数十年をふりかえられます。
 医学の進歩による病気の克服と貧困の減少、教育の普及に加えてこう述べ、「二十世紀の後半は建設的かつ進歩の月日であった」と総括されました。

「私たちには世界人権宣言があり、その権利の重要性がきわめてよく認識されるようになった結果、今や自由と民主主義の理想は世界中に広がりつつあります。
 また、人類はひとつであるという認識も高まるばかりです。」
 
 しかし、高度消費社会の享楽がある反面、最低限度の衣食住にすら恵まれない何億の人々がいます。
 武力紛争、環境問題、社会の不平等・腐敗・不正、アル中、薬物乱用、家庭内暴力、家族崩壊、ストレス、不安、心の病気、孤独、なども広がっています。
 その理由は?

「人類のものごとへの取り組み方に何か欠けているものがあるのは明らかです。」
「ただ物質的、外的な事柄にのみ力をそそいで、道徳倫理や内なる徳性に目をとめないことに根本的問題があるのではないでしょうか。」
「内なる徳性とは、人が動物としての本性によって自ずと志向せざるをえない、またもし他の人の中にそれを見出したなら讃えずにはおれない美徳のことです。
 私たち動物は、まわりから世話してもらい、愛情や思いやりの心を、いいかえれば慈愛の心をそそいでもらってようやく生き延びることができます。
 慈愛の心の核は、生き物を苦しみから救い、幸福に導いてあげたいという望みです。
 すべての善き徳性はこの精神的な原理から生じています。
 私たちはみな、親切、忍耐、寛容、赦し、布施の精神などの内なる徳性を評価し、貪欲、悪意、憎悪、偏見などを見せつけられることを嫌います。
 慈愛という心の本質から生じた内なる徳性を育み、煩悩と闘うすべを身につけることは誰からも高く評価されます。
 そして内なる徳性を高めて一番徳をするのは、当然私たち自身なのです。
 内なる徳性を等閑視しているのは私たち自身であり、今日の世界において私たちが直面している多くの問題は、多分にその結果なのです。」

 私たちは問題を解決しようとしてさまざまなプログラムやシステムに心血を注ぎますが、法王は「高潔さに欠けた」人や「節操がなく私利私欲に駆り立てられるままに乱用」する人が用いれば、プログラムやシステムはめざす方向へ役立たないと指摘されます。
 今の日本でも、政治、経済、宗教、教育、さまざまな面で当てはまりそうです。

「結局、私たちの問題の源は私たち一人ひとりにあるのです。
 もし人に倫理観と高潔さがなければ、法律と規制があっても役には立たないのです。
 人が物質的価値を重んじる限り、道徳観の欠如は不正、腐敗、不公正、不寛容、貪欲といった形をとって外に現れつづけるでしょう。」

 では、どうすればよいか?

「たしかに宗教は過去において、無数の人々の救いになってきましたし、今なおそうです。
 また未来においても同様でしょう。
 宗教は確かに私たちに人生の意義と道徳的な導きを与えてくれはしましたが、今日の非宗教的な世界においては、宗教だけではもはや倫理の基盤とはなりえないのです。
 ひとつの理由として、現代、多くの人々が宗教を信じていません。
 もう一つの理由は、グローバル化の時代における多文化社会にあって世界の民族がきわめて密接にかかわるようになってきていることです。
 このような時代にあって、なにかひとつの宗教に立脚した倫理は、ある種の人々には納得できても、万人にとって意義あるものとはならないでしょう。」

 ここまでですら、〈宗教者〉であるダライマラ法王の発言としては衝撃的な内容ですが、法王はさらに論を進めます。

「今日、道徳の欠如という問題に、なんらかの宗教に基づく回答を与えても普遍的な、適切なものとはなり得ません。
 今日の私たちに必要なのは宗教的な源をもたない倫理への切り口であり、宗教を信じる者、信じない者の双方に等しく受け入れられる世俗の倫理なのです。」

 そして、ご自身の事情へ触れられます。

「ごく幼いときから僧衣をまとって生きてきた者がこのような発言をするのは奇妙に思えるかもしれませんが、私自身は特に矛盾を感じてはいません。
 私は自らの信仰にうながされるままに、一切衆生の幸福と利益のために精進しています。
 ならば、チベット仏教徒ならず、他宗教の信者や無神論者の幸福を思うのは当然のことではないですか。」

 まったく同感です。
 当山も又、〈み仏は誰一人、すがる者を拒否されない〉〈み仏に救い漏れはない〉という「自分の信仰にうながされるままに」相手様の宗教宗派を問わず、まったく平等に人生相談、ご供養、ご葬儀、ご祈祷、ご加持などの法務を行ってきました。
 ご自宅の仏壇のご本尊様がお釈迦様であろうと阿弥陀様であろうと、あるいは普段、無宗教的生活をしている方であっても、自主的に当山の檀信徒となられ、安心な日々をお送りいただいています。
 だから、今回の宣言は私にとって衝撃的ではあっても決して意外ではなく、77才になられた法王がさらに一歩を進められたご様子に、他の方では決して果たせないであろう役割の大きさを感じるのみです。

「私自身は非宗教的な切り口での普遍的倫理を新たに打ち立てるのは可能であるし有益であると確信しています。
 この確信は、基本的にすべての人類は自分たちが善と認識するものへと惹かれていく傾向にあるという私の信念から生じています。」
「誰しも他人を憎むより愛することを選び、吝嗇な人より布施の行為ができる人を好みます。
 偏狭や軽蔑や憤懣といった欠点より、忍耐や尊敬や赦しを選ばない人などどこにいましょうか?」
「こうしてみると、いかなる宗教をも否定せず、もっと肝心なことには宗教に依存せず、内なる徳性を拠り所とする方法や手段はすでに私たちの手の中にあるはずなのです。」

 こうして序文は終わります。

「もちろん世界の大宗教はどれしも、慈しみの心、あわれみの心、忍耐、寛容さ、赦しの大切さを強調していますし、内なる心の徳性を育むことをやってきています。
 しかし今日の世界において、宗教に立脚した倫理はすでにふさわしいものではなくなってきているのです。
 そのようなわけで、宗教を超えた倫理と精神性の道を見出すべきときがきていると私は思っているのです。」

 ここにおいて法王のご心中は明らかになりました。
 イデオロギー国家中国によるチベット破壊、イスラム教過激派などによるテロといった蛮行へ正面から立ち向かうには、宗教的立場には限界があると考えられたのではないでしょうか?
 イデオロギーや特定の宗教を狂信する国家、あるいはそうしたものに引きずられる人々への宗教的立場を超えたアプローチにより、チベットを救い、中国の人々を救い、自爆する人々と被害者を救おうとされているのではないでしょうか?
「一切衆生の幸福と利益のために精進」してこられた法王が、ついには、ご自身の〈生〉そのものである宗教をも超えた立場に立たれようとしていることは、まさに釈尊やお大師様と同じ〈捨身〉であると思われてなりません。
 古来、観音菩薩の化身とされてきた「ダライ・ラマ」の真髄を観た感がします。
 世界を救う新たな扉が開かれました。
 私は真言宗の伝授を受け正統な修法を行う僧侶ですが、同時にダライ・ラマ法王の思想に共鳴する者であることにまったく矛盾はありません。
 目線を上げて扉の中へ入ります。
 扉の向こうで待つ光の中へ、新たな地平へ共に進もうではありませんか。


 

 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0
<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

消えた因縁 ─心の檻(オリ)から脱した話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ